実は地名にヒントがあります。ただし石川では、字を探すやり方が空振りします。2026年の地価公示で石川県に置かれた住宅地の標準地146地点を1点ずつ測ると、住所に「潟」が入るのは津幡町(つばたまち)の潟端(かたばた)1地点だけ、標高1.9mでした。河北潟(かほくがた)のふちに並ぶ町名は大河端(おこばた)・木越・桂町・御供田町・大場町・北中条・横浜・内日角で、どれにも「潟」は付いていません。そして2024年1月1日に液状化で家が傾いた内灘町(うちなだまち)の低地には、洪水浸水想定の図そのものが配信されておらず、津波浸水想定の色もついていません。
この記事でわかること
- ✓ 住宅地の標準地146地点で、住所に「潟」が入るのは津幡町の潟端1地点(1.9m)だけ。河北潟のふちの町名からは「潟」が消えている
- ✓ 内灘町の4地点は3.7mから36.3mまでで、同じ町に32.6mの差。低いほうを地図で開くと、洪水はタイルそのものが無く、津波は色なし
- ✓ 石川県の自然災害伝承碑は22基。洪水17・土砂6・地震2で、津波は0基。輪島市に残るのは「輪島市水害水位表示塔」=洪水の碑
石川に「潟」の付く住宅地は1地点だけ 内灘は同じ町で32.6mちがう

石川県の住宅地の標準地146地点は、標高の平均が18.4m、中央値が8.4m。5m未満が48地点で32.9%です。いちばん低いのは金沢市の大河端西2丁目0.9m、いちばん高いのは同じ金沢市の土清水2丁目115.6m。1つの県の中で114.7m開きます。
河北潟のふちだけを拾うと、低い数字がまとまって出ます。金沢市側は大河端西2丁目0.9m、桂町1.4m、木越1丁目1.4m、御供田町1.6m、大場町東1.6m、北寺町2.4m、鞍月5丁目2.8m、松村町3.0m。津幡町側は潟端1.9m、北中条2丁目3.5m、横浜3.8m。かほく市の内日角3丁目は2.1mです。金沢市の64地点の中央値は11.7mですから、市の真ん中より10m低い土地が潟のまわりに並びます。
この中で「潟」の字を持つのは、津幡町の潟端1地点だけです。大河端は「おこばた」と読みます。金沢市の公式サイトは大河端音頭の解説で、「大野港で荷揚げされた海産物が川をつたって大河端村の揚場まで運ばれ」たと書いています。潟ではなく、川の端の字として読めます。
読者
河北潟のまわりなら、「潟」の付く町名を探せばいいのではありませんか。
石川ではその探し方が効きません。標準地146地点で「潟」が入るのは潟端の1つで、河北潟のふちの町名には残っていないからです。同じことは新潟の回でも起きていて、あちらは「潟」の付く4地点がいちばん低くて11.6m。海面より低い13地点のどれにも「潟」は付いていませんでした。
内灘町の標準地は4地点しかありません。その4地点が、そのまま町の断面になっています。
| 標準地 | 地表の標高 | 町の中の位置 |
|---|---|---|
| 内灘町 ハマナス1丁目 | 36.3m | 内灘砂丘の上 |
| 内灘町 向陽台1丁目 | 20.3m | 内灘砂丘の上 |
| 内灘町 向粟崎(むかいあわがさき)2丁目 | 4.7m | 河北潟側の低地 |
| 内灘町 鶴ケ丘2丁目 | 3.7m | 河北潟側の低地 |
上と下で32.6m。内灘町の公式サイトは町の広がりを東西2.9km・南北9.0km、海抜の最高を58.51mとしています。幅3kmに満たない町の中で、砂丘の上と潟の側が30m以上ずれています。
字ごとに数え直すと、高い字と低い字が真っ二つに割れます。
| 字 | 地点数 | 標高の中央値 | 5m未満の地点 |
|---|---|---|---|
| 島 | 4 | 2.7m | 4(全部) |
| 川 | 5 | 2.9m | 4 |
| 大 | 7 | 3.5m | 7(全部) |
| 台 | 6 | 31.8m | 0 |
| 丘 | 4 | 37.8m | 1 |
| 県全体 | 146 | 8.4m | 48 |
「島」の4地点は全部が5m未満で中央値2.7m。「大」の7地点も全部が5m未満で、大河端・大場町・大野町のように水辺の字と組んで出てきます。反対に「台」の6地点に5m未満は1つもなく、中央値は31.8mです。
例外は「丘」でした。4地点のうち5m未満は1つで、それが内灘町の鶴ケ丘2丁目3.7m。津幡町には「横浜」もあり、こちらは3.8mです。神奈川の横浜で「谷」が高台だった話は横浜の回に、標準地3地点の中央値が2.5mの羽咋(はくい)市は車が水に浸かった日の記事にまとめました。
標高は国土地理院の数値標高モデル(5mメッシュ)と標高APIの値で、地表の高さ(東京湾平均海面からの高さ)です。建物は含みません。なお「内灘」という地名の由来は、内灘町の公式サイトには書かれていません。河北潟の内側を指すという説明を見かけますが、町の資料では確認できませんでした。
住まいのリスクに対する備え
土地の履歴やリスクを知ったら、次は「起きたときにどうするか」です。最低限そろえておくと動けるものを挙げます。
一から集めると抜けが出ます。まずセットで用意して、家族の人数分と常備薬だけ足すのが早いです。
断水で最初に困るのがトイレです。備蓄で見落とされやすい一方、代用が効きません。
停電時は懐中電灯より、部屋全体を照らせるランタンの方が使えます。電池でも充電でも点くものだと、どちらが尽きても止まりません。
鍵につけて持ち歩けるサイズ。停電や夜道、内見での床下確認にも使えます。備えは「持ち歩けるかどうか」で使用率が変わります。
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その内灘は、洪水の地図にも津波の地図にも載っていない
2024年1月1日16時10分、石川県能登地方の深さ16kmを震源に、マグニチュード7.6の地震が起きました(いずれも暫定値)。輪島市と志賀町で震度7。内閣府の令和7年版防災白書は、令和7年5月13日時点で死者・行方不明者594名、うち災害関連死364名と記しています。金沢市の北どなりにある内灘町で起きたのは、液状化でした。

町の人の言葉が残っています。2024年1月7日配信のYahoo!ニュース エキスパートの記事で、内灘町の60代の男性はこう話しました。「このあたりが、内灘町でも酷い被害が出ている地域。液状化が起きて、内側から何もかも傾いてしまって。ここは目の前が『河北潟干拓地』で地盤が柔らかいところ」。同じ記事で73歳の男性は「自分で建てた家だから思い入れもあって。結局20年しか住めなかったです」と話しています。
住民が口にした河北潟干拓地は、石川県が「平均海抜はマイナス2メートルです」と書いている土地です。金沢市・かほく市・津幡町・内灘町の2市2町にまたがる総面積1,356haで、国営の干拓事業として昭和38年に着工し、昭和61年度に完了しました。
砂丘のほうにも町自身の記録があります。内灘町の公式サイトは内灘砂丘をこう説明しています。「手取川(てどりがわ)から運ばれた土砂が日本海の海流によって流され、堆積したのが内灘砂丘です。砂は大陸からの風にさらされて、日本海側ではなだらかに、河北潟寄りでは急斜面を形成しています」。更新日は2021年11月8日。地震の3年前に、町は自分の土地の形をこう書いていました。

明治22年に合併して内灘村になった6つの村は、向粟崎・大根布・宮坂・黒津船地内・西荒屋・室でした。2024年に液状化の被害が集中したのは、このうち西荒屋・室・宮坂です。北陸中日新聞(2024年4月14日)は、建物の応急危険度判定で「危険」とされた割合が室地区45.2%、西荒屋地区37.2%だったと報じました。室地区の水野博幸区長(66)は「ただでさえ町内でも高齢者が多い地区。人が出て行くと、地区が存続できなくなる」と話しています。
読者
砂丘の町なら高いから安心だと思っていました。
町の中で32.6m違います。高いほうのハマナス1丁目は36.3m、河北潟側の鶴ケ丘2丁目は3.7m。町も「河北潟寄りでは急斜面を形成しています」と書いていて、砂丘は片側だけが高い地形です。被害が集中した西荒屋・室・宮坂に標準地は置かれていないので、測れるのは同じ潟側の鶴ケ丘2丁目3.7mと向粟崎2丁目4.7mになります。
その2地点を含めて、洪水浸水想定を1つずつ開きました。
| 地点 | 地表の標高 | 洪水浸水想定(想定最大規模) |
|---|---|---|
| 内灘町 鶴ケ丘2丁目 | 3.7m | タイルなし(配信区域の外) |
| 内灘町 ハマナス1丁目 | 36.3m | タイルなし(配信区域の外) |
| 内灘町 向粟崎2丁目 | 4.7m | 色なし |
| 金沢市 大河端西2丁目 | 0.9m | 0.5〜3m |
| 津幡町 潟端 | 1.9m | 0.5m未満 |
「タイルなし」は、その場所に洪水浸水想定の図そのものが配信されていないという意味です。重ねるハザードマップで鶴ケ丘2丁目を開いても、洪水の色は出てきません。向粟崎2丁目には図があり、そのうえで区域の色が入っていない。潟をはさんだ金沢市の大河端西2丁目0.9mは0.5〜3m、津幡町の潟端1.9mは0.5m未満です。津波浸水想定のほうも、内灘町の4地点は色なしでした。
液状化は別の図です。内灘町は液状化マップを公開していて、「邑知潟起震断層(M7.6)」などを重ね「震度6強から7の地震が発生した場合を想定して液状化発生の可能性を50mメッシュ単位で色分けしたもの」と説明しています。更新日は砂丘の説明と同じ2021年11月8日。想定に置かれたマグニチュード7.6は、2024年1月1日の地震と同じ数字でした。
色がついていないのは「その想定図に区域が引かれていない」という意味で、水が来ないという意味ではありません。洪水浸水想定区域は、対象になっている川が氾濫したときの範囲です。図の読み方は浸水想定区域とハザードマップの見方にまとめています。
輪島の標準地には津波の色がない 珠洲は0.5〜3m、能登町の姫は3〜5m
能登の住宅地は、そもそも低い場所にあります。穴水町(あなみずまち)の2地点は川島サ1.4mと川島ろ2.9m。七尾市の3地点は郡町1.7m、なぎの浦2.3m、南藤橋町3.3mで中央値2.3m。珠洲市(すずし)は飯田町2.7mと上戸町4.3m、能登町は姫2.1m・松波3.0m・宇出津3.9mと31.8mの4地点。輪島市の2地点は河井町5.4mと鳳至(ふげし)町5.7mです。

同じ配信タイルを、地点ごとに読み取りました。
| 地点 | 地表の標高 | 津波浸水想定(最大クラス) |
|---|---|---|
| 能登町 姫 | 2.1m | 3〜5m |
| 珠洲市 飯田町 | 2.7m | 0.5〜3m |
| 珠洲市 上戸町 | 4.3m | 0.5〜3m |
| 穴水町 川島サ | 1.4m | 色なし |
| 七尾市 郡町 | 1.7m | 色なし |
| 七尾市 なぎの浦 | 2.3m | 色なし |
| 輪島市 河井町 | 5.4m | 色なし |
| 輪島市 鳳至町 | 5.7m | 色なし |
標高の順に並びません。いちばん低い穴水町の川島サ1.4mに色はなく、2.1mの能登町の姫は3〜5m。輪島市の2地点は5m台で色なしですが、同じ図の中で、輪島港と河口のまわりには色が入っています。町名でも海抜の数字でもなく、その地点で開かないと区分は出てきません。

ここまでが想定の図です。2024年1月1日に起きたことは、別に記録されています。東北大学災害科学国際研究所の解析(2024年1月)によると、地震発生から約1分で珠洲市や輪島市の沿岸に津波が到達したとみられ、七尾市には約2分後、富山市にも約5分後。気象庁が津波警報を出したのが16時12分で、石川県能登を大津波警報に切り替えたのは16時22分でした。
石川県側の観測値は、途中で途切れています。気象庁の『気象業務はいま2024』は「『輪島港』及び『珠洲市長橋』の両津波観測地点の観測データに欠測が生じました」と書いています。科学技術振興機構のサイエンスポータル(Science Portal)は、輪島港で午後4時21分に1.2メートルを観測したあと、地盤の隆起が関係して観測不能になったとみられると伝えました。国土地理院の現地緊急測量(1月20〜21日実施)では最大4.10mの隆起が測られていますが、どこが4.10m上がったのかは、この発表に地点名が書かれていません。
読者
ハザードマップに色がついていなければ、津波は来ないと考えていいですか。
その読み方はできません。輪島市の標準地2地点は色なしですが、2024年1月1日には約1分で沿岸に津波が届いていて、輪島港の観測はその日に止まっています。想定の図と、起きたことの記録は別の紙です。2枚とも開いて、自分の家がどちらに載っているかを見ます。
石川の碑は22基 津波は0基で、10基が1934年の手取川
国土地理院は、過去の災害を伝える石碑を「自然災害伝承碑」として地図に載せています。2026年8月27日現在で全国2,469基。石川県は22基で、種別は洪水17・土砂災害6・地震2(1基に複数付きます)。津波は0基でした。市町村別では能美(のみ)市の9基が最多で、輪島市3、白山市3、加賀市2、羽咋市2、津幡町2、川北町1。登録が1基も無い市町には、金沢市・小松市・七尾市・珠洲市・穴水町・かほく市、そして内灘町が入ります。
災害名で数えると、22基のうち10基が同じ災害です。1934年(昭和9年)7月の手取川大洪水。
能美市粟生町の「水害記念」(1994年建立)は、碑文の要旨に「昭和9年7月10日から降り続いた雨は手取川上流域で460mmに達し、11日未明に鉄砲水が下流域を襲った」と残しています。川北町字橘の「水害紀念碑」(1940年建立)は「橘地区は突如として襲った大洪水で死者23人、家屋40戸および土蔵5棟が流失」と刻み、碑そのものが「白山山中から当地に流出してきた岩石」で建てられました。
白山市白峰の「百万貫の岩」(2001年建立)は、この洪水で死者・行方不明者112名が出たことを記し、「碑の向かい側、手取川河原にある巨石『百万貫の岩』は、この大洪水の際に約3km上流より土石流で運ばれてきたものである」と続きます。内灘砂丘をつくった土砂も、この岩を3km流した水も、同じ手取川から出ています。
輪島市の3基は、2007年の能登半島地震の碑(門前町門前・2011年建立)、1959年の集中豪雨で八ヶ川などが氾濫し11名が亡くなったことを伝える碑(門前町内保・1997年建立)、そして河井町2-287-1に立つ「輪島市水害水位表示塔」(1970年建立)です。
水位表示塔の碑文の要旨はこうです。「輪島市はこれまで幾度となく水害を経験し、多数の死者、行方不明者、住家全壊流失等の被害を受けてきた」「水害水位表示塔には、昭和20年から30年代の4回の洪水時の最高水位が示してある」。1945年・1956年・1958年・1959年の4回分です。輪島に残っているのは津波の碑ではなく、洪水の水位塔でした。その番地の河井町は、津波浸水想定に色がついていない標準地5.4mと同じ町です。
読者
能登には津波の言い伝えが石で残っていると思っていました。
国土地理院に登録されている石川県の22基に、津波の碑はありません。輪島に残るのは洪水の水位塔です。碑が無いことは油断の証拠ではなく、記録がどう残ったかの話です。ただ、碑を頼りにできない土地では、図で見るしかなくなります。
河北潟のまわりにも碑はあります。津幡町の2基です。字加賀爪の「災害復興記念碑」(1969年建立)は、1964年7月の集中豪雨で津幡川が氾濫し、3人が死亡、計2,500戸以上が浸水したと記します。字市谷の「市谷復興記念碑」(1986年建立)は、1965年の地すべりが「幅1,000m、長さ2,200m」に及んだと刻みます。潟のふちに残るのも、洪水と地すべりの碑でした。

登録されている石川県の碑で、いちばん新しいのは2011年の1基。2026年8月27日現在のデータに、2024年の地震の碑はまだ入っていません。
私は、石川の地名を「危ない地名の一覧」で読むのは無理があると考えています。根拠は3つです。標準地146地点で「潟」が入るのは1地点だけで、河北潟のふちの町名からは字が消えている。同じ内灘町で32.6m違い、丘の字が付く鶴ケ丘2丁目は3.7m。そして22基の碑は洪水と土砂に偏っていて、2024年1月1日に起きたことは、そのどこにも刻まれていません。地名は昔なにがあったかを教えますが、自分の家の高さは教えてくれません。
自分の町で同じことをする手順(無料)
- 国土地理院の「地理院地図」で住所を入れ、「自分で作る色別標高図」を重ねる。内灘町なら、砂丘の上か河北潟側の低地かをまず見る
- 「重ねるハザードマップ」で洪水・津波・土砂を1枚ずつ開く。1枚が白でも、もう1枚で色がつく。鶴ケ丘2丁目のように、図そのものが配信されていない場所もある
- 液状化は、洪水・津波・土砂の3枚に入っていない。市や町の公式サイトで液状化マップを別に探す。内灘町は50mメッシュのものを公開している
- 同じ地理院地図で「自然災害伝承碑」を表示し、家のまわりの碑文の要旨を読む。石川県は22基で、能美市に9基、津幡町に2基
梅田・渋谷・亀戸・真備、横浜の「谷」と「島」、徳島の「島」と「浦」と測ってきました。徳島の「浦」には、県の想定で津波が13分で来ます。能登には、2024年1月1日に約1分で来ました。片方は想定で、片方は起きたことです。
地名は入口です。石川で「潟」が残っているのは津幡町の潟端1地点、標高1.9m。液状化で家が傾いた内灘町の低地には、洪水の図が配信されておらず、津波の色もついていませんでした。碑は22基あって、津波は0基です。答えは町名ではなく、自分の家の地点で開く2枚目の地図と、そこから高い所まで歩く分数にあります。
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この記事の集計条件
標高は国土地理院の地理院タイル「数値標高モデル(DEM5A・5mメッシュ)」を切り出して色別標高図と陰影を作り、淡色地図を重ねました。丸印の数値は各地点の地表の標高(東京湾平均海面からの高さ)で、建物は含みません。市町別・字別の集計は、国土数値情報「地価公示」2026年のうち用途が住宅の石川県の標準地146地点の住所と、国土地理院の標高APIで取得した標高によります(全国17,612地点の取得は2026年8月20日)。字の集計は市町名と郡名を除いた町名・字名で行い、3地点以上ある字だけを表に載せました。
洪水浸水想定(想定最大規模)と津波浸水想定(最大クラス)の図と地点ごとの区分は、ハザードマップポータルサイト「重ねるハザードマップ」の配信タイル(作図時点の掲載内容)をズーム16で読み取ったものです。「タイルなし」はその地点に当該の想定図が配信されていないこと、「色なし」は図はあるが区域の色が入っていないことを指します。伝承碑の基数・種別・市町村別・災害名別と碑文の要旨は、国土地理院「自然災害伝承碑」の公開データ(2026年8月27日現在・全国2,469基)によります。
内灘砂丘と町の広がり、明治22年の6村、液状化マップの想定条件は内灘町公式サイト(いずれも2021年11月8日更新)、河北潟干拓地の平均海抜と面積は石川県「河北潟干拓地の概要」(2020年10月21日更新)、大河端の記述は金沢市公式サイト(大河端音頭)によります。地震の規模・震度・死者数は内閣府『令和7年版 防災白書』(令和7年5月13日時点)、警報と欠測は気象庁『気象業務はいま2024』、津波の到達時間と輪島港の観測値は東北大学災害科学国際研究所の解析を伝えた科学技術振興機構のサイエンスポータル(2024年1月16日)、隆起は国土地理院「令和6年能登半島地震 現地緊急測量の結果」によります。住民の言葉はYahoo!ニュース エキスパート(2024年1月7日)と北陸中日新聞(2024年4月14日)からの引用です。
写真のライセンスは各キャプションのとおりで、アイキャッチは内灘町宮坂の写真(フロフキダイコン・クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0)です。
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