実は地名にヒントがあります。ただし横浜では、本に書いてある「谷は危ない」の読み方が通りません。2026年の地価公示で横浜市に置かれた住宅地の標準地478地点の標高を1点ずつ測ると、町名に「谷」が入る54地点の平均は37.8mで、市全体の平均37.9mと同じでした。低いのは「谷」ではなく、綱島の「島」、汐入の「汐」、そして「浜」でした。同じ大久保でも1丁目は8.6m、3丁目は62.1m。地名は町の単位でヒントを出し、答えは地点で出ます。
この記事でわかること
- ✓ 町名に「谷」が入る住宅地54地点の平均は37.8mで、市全体478地点の37.9mと同じ。20m未満の割合も28%対25%で差がない(谷戸=台地を刻む谷で、町名は台地の上まで広がる)
- ✓ 低いのは「島」9地点の16.6mと「浜」3地点の15.2m。綱島東2.9m、汐入2.0m、市場1.3m
- ✓ 同じ町名でも大久保1丁目8.6m/3丁目62.1m。53m差。地名で分かるのは町まで、浸水は地点で決まる
横浜の「谷」は低地の印になっていない

梅田・渋谷・亀戸・真備町川辺を測った前の記事では、地名が言っている地形は4つとも当たっていました。同じ物差しを横浜市に当てると、答えの形が変わります。町名や字名に「谷」が入る住宅地の標準地は54地点。その平均標高は37.8mで、市全体の37.9mと変わりません。20m未満の地点の割合も、「谷」が54地点中15(28%)、全体が478地点中118(25%)で差がない。「沢」18地点にいたっては平均45.0mで、市の平均より高い。横浜では、谷や沢の字は低地の印になっていません。一方で「丘」29地点は53.7m、「台」51地点は49.7mで、こちらは名前どおり高い。
理由は横浜の地形にあります。横浜の内陸部は多摩丘陵と下末吉台地が広がる高台で、そこを湧き水が細長く削った谷が谷戸(やと)です。港南区の公式サイトは「港南区の町名は、大久保、上永谷、芹が谷など谷戸や谷に因む町名が多く付けられています」と説明し、上永谷・下永谷の「ナガヤ」は長い谷、芹が谷の「セリ」は崖地を意味するとしています。つまり横浜の「谷」は、台地を刻む谷のことで、町名の範囲は谷底だけでなく両側の台地まで広がっています。

図で見ると分かります。上永谷駅の地表は30.9mで谷底にありますが、住宅地の標準地「上永谷1丁目」は67.1m。芹が谷4丁目は41.1m、下永谷2丁目は46.4m、港南中央駅の前は66.6m。「谷」の町の家は、谷ではなく台地の上に建っています。
読者
では横浜で「谷」の付く町を選ぶなら、水害は気にしなくていいということですか。
地点によります。同じ港南区の大久保は、1丁目が8.6mで大岡川の低地、3丁目が62.1mで台地。町名は同じ「大久保」(古くは久良岐郡久保村=くぼ地)なのに53m違います。南区の井土ケ谷下町は2.8m、蒔田町の字東谷は4.3mで、こちらは大岡川ぞいの本当の谷底です。地名は「谷がある」ことまでしか教えてくれません。自分の家が谷底か台地かは住所から標高を調べるしかありません。
標高はすべて国土地理院の数値標高モデル(5mメッシュ)の値で、地表の高さです。標準地の標高は国土地理院の標高APIによります。市の平均は住宅地の標準地の単純平均で、面積の重みは付けていません。
住まいのリスクに対する備え
土地の履歴やリスクを知ったら、次は「起きたときにどうするか」です。最低限そろえておくと動けるものを挙げます。
一から集めると抜けが出ます。まずセットで用意して、家族の人数分と常備薬だけ足すのが早いです。
断水で最初に困るのがトイレです。備蓄で見落とされやすい一方、代用が効きません。
停電時は懐中電灯より、部屋全体を照らせるランタンの方が使えます。電池でも充電でも点くものだと、どちらが尽きても止まりません。
鍵につけて持ち歩けるサイズ。停電や夜道、内見での床下確認にも使えます。備えは「持ち歩けるかどうか」で使用率が変わります。
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低いのは「島」 綱島は鶴見川の中州だった

東急東横線の綱島駅の地表は3.8m、住宅地の標準地「綱島東5丁目」は2.9m、大曽根2丁目は2.8m、日吉6丁目は3.6m。図の青い部分は鶴見川と早渕川が合わさる氾濫平野で、その中に綱島があります。綱島地区連合自治会の沿革は、ツナシマとは「州の中の島、中州、湿地に浮かぶ島、津の島」という意味とされ、「連なり島」の説もあると書いています。江戸時代は「鶴見川の氾濫に絶えず悩まされ、堤防の上積みを巡り近隣各村との争いも絶えなかった」土地でした。

治水地形分類図を重ねると、綱島から新羽にかけての平地が薄い緑の氾濫平野で、鶴見川の両岸に黄色の自然堤防、そのまわりに青い縞の旧河道が何本も走っています。「島」という名前は、川が動き回っていた土地の中の、わずかな高まりに付いた名前だと読めます。

鶴見川の水害は記録が多い川です。国土交通省京浜河川事務所のまとめでは、1938年6月に床上約4,000戸・床下約7,800戸、1958年9月の狩野川台風で全半壊と浸水が20,000戸以上、1966年6月に床上6,780戸・床下11,840戸、1976年9月に全半壊16戸・床上1,210戸・床下2,730戸。昭和30年代からの市街化で保水・遊水の機能が減り、浸水が頻発した川です。
読者
2019年の台風19号のときは、綱島や新横浜はどうだったんですか。
鶴見川は早くから警戒水位を超えましたが、浸水被害はありませんでした。新横浜公園の下にある鶴見川多目的遊水地が最大で約93万6,000m³をため、亀の子橋付近の水位を0.3m下げたと新横浜新聞が伝えています。2003年6月の運用開始から21回目の流入で、量は3番目でした。流域には大小4,900か所の遊水施設があります。つまり綱島が浸からなかったのは地面が高いからではなく、上流でためたからです。

「潮」「汐」の町は海面すれすれ 鶴見区は市場1.3m、潮田1.8m、汐入2.0m

横浜市でいちばん低い住宅地の標準地は西区岡野1丁目の0.6mで、次が鶴見区市場東中町の1.3m。鶴見区は26地点のうち平均が14.8mしかなく、市内18区で2番目に低い区です。潮田町は1.8m、汐入町3丁目は2.0m、生麦4丁目は2.1m、尻手1丁目は2.0m。鶴見区の公式サイト「鶴見の歴史」は、大正時代に浅野総一郎らによる大規模な埋立事業が進み「潮田の地先には広大な埋立地が形成された」と書いています。潮田の海側に埋立地と工場が並び、その手前に標高2m前後の住宅地が残った形です。
区名の「鶴見」も水の名前です。鶴見区の「鶴見地名考」は、鶴を放った伝説とは別に、ツルは川が海に入る手前で流れが淀む状態を表すという説(椎橋好氏)や、「とろ(瀞)み」から転じたという説(能村潔氏)を載せています。どちらの説でも、鶴見川が大きく曲がって流れが緩む場所という意味になります。
標高が低いことと、水が来るかどうかは別の話です。鶴見川と海には堤防と水門があり、ふだん水は来ません。問題になるのは堤防を越える規模の洪水や高潮で、そのときは水が自然には引かないという意味です。何mの浸水想定かは横浜市の「わいわい防災マップ」で住所ごとに見られます。
18区で見ると、区名と標高はきれいに並ぶ
区ごとに住宅地の標準地の平均標高を並べると、地名のヒントはもっとはっきりします。
| 区 | 地点数 | 平均標高 | いちばん低い地点 |
|---|---|---|---|
| 鶴見区 | 26 | 14.8m | 市場東中町 1.3m |
| 西区 | 9 | 14.9m | 岡野1丁目 0.6m |
| 港北区 | 44 | 17.1m | 大曽根2丁目・綱島東5丁目 2.9m |
| 中区 | 13 | 25.1m | 本牧元町 2.4m |
| 神奈川区 | 24 | 26.7m | 8.0m |
| 南区 | 18 | 27.1m | 井土ケ谷下町 2.8m |
| 金沢区 | 30 | 29.6m | 六浦1丁目 1.3m |
| 港南区 | 32 | 50.1m | 大久保1丁目 8.6m |
| 瀬谷区 | 23 | 60.5m | 下瀬谷2丁目 47.5m |
| 旭区 | 30 | 67.7m | 40.9m |
鶴見・港北・西の3区は川と海の低地、瀬谷・旭・港南は台地。瀬谷区は「谷」の字を区名に持ちながら、いちばん低い標準地でも47.5mあります。「谷」は横浜では「丘の中の谷」の意味で、海抜の低さを表していません。逆に鶴見区は区名に水の字を持ち、区全体が海面から数mの土地です。

読者
うちは横浜の「〜が丘」なんですが、丘なら安心と考えていいですか。
丘の名前の町は台地の上にあることが多く、川の洪水は来にくい代わりに、谷戸を刻む斜面には土砂災害警戒区域の指定があります。「丘」の町では洪水ではなく、家の裏の斜面が指定区域かどうかを見ます。それも同じ災害リスク診断で住所から出せます。
自分の町で同じことをする手順(無料)
- 国土地理院の「地理院地図」で住所を入れ、「自分で作る色別標高図」を重ねる。家とまわりの高さの差を色で見る
- 鶴見川・多摩川ぞいなら「治水地形分類図(更新版)」を重ね、家が旧河道・後背湿地・自然堤防のどれに載っているかを見る。丘の上の町は着色されないので、標高図と土砂災害警戒区域で判断する
- 横浜市の「わいわい防災マップ」で洪水・内水・土砂の想定を住所ごとに確認する
地名は入口です。横浜の「谷」は低地の印にならず、「島」「潮」「浜」は低地、そして同じ町名の中に53mの差がある。答えは町名ではなく、自分の家の地点にあります。
この記事の集計条件
標高は国土地理院の地理院タイル「数値標高モデル(DEM5A・5mメッシュ)」を緯度経度で切り出して色別標高図と陰影を作り、淡色地図を重ねました。丸印の数値は各地点の地表の標高(東京湾平均海面からの高さ)で建物は含みません。字別・区別の集計は、国土数値情報「地価公示」2026年のうち用途が住宅の横浜市の標準地478地点の住所と、国土地理院の標高APIで取得した標高によります(全国17,612地点の取得は2026年8月20日)。字の集計は区名(保土ケ谷区・瀬谷区など)を除いた町名・字名で行い、「谷」は54地点です。治水地形分類図は地理院タイル「治水地形分類図 更新版」です。
地名の由来は、横浜市港南区「町名の由来」「町名一覧」、綱島地区連合自治会「概要・沿革」、横浜市鶴見区「鶴見の歴史」「第15回 鶴見地名考」によります。鶴見川の水害の戸数は国土交通省京浜河川事務所「鶴見川流域 水マスタープラン 過去の水害」、2019年台風19号の遊水地の数値は新横浜新聞(2019年10月21日)、流域の人口密度と遊水施設の数はJST(科学技術振興機構)サイエンスポータル(2019年10月31日)によります。
写真はウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons)とPexels(ペクセルズ)の素材を、それぞれのライセンスに従って使用しています。アイキャッチの写真は横浜港の夕景(Pexels)です。
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