実は地名にヒントがあります。地名研究家の楠原佑介(くすはら ゆうすけ)氏は砂防学会の機関誌『sabo』2015年夏号に「『長崎大水害』から見る歴史的地名の検証」を寄稿し、1982年7月23日の長崎大水害で犠牲者が集中した場所の名前を1つずつ検証しました。長崎市本河内(ほんごうち)で23名、川平(かわびら)郷の内平(うちびら)地区で33名、鳴滝(なるたき)1〜3丁目で24名。2026年の地価公示で長崎市に置かれた住宅地の標準地を測ると、鳴滝2丁目は37.1m、川平町は117.6m、滑石(なめし)3丁目は94.1mでした。海のそばの町ではありません。全部、坂の上です。
この記事でわかること
- ✓ 長崎市の住宅地の標準地58地点は中央値37.4m、いちばん高い田手原町(たてばるまち)は267.8m。長崎市公式は「経済的限界と言われている15度以上の所まで、市街地が形成されています」と書いている
- ✓ 「急傾斜地の崩壊」の土砂災害警戒区域は長崎県が34,350か所で全国1位。2位の広島県30,845か所を3,505か所上回る(国土交通省・2026年6月30日時点)
- ✓ 島原の「眉山(まゆやま)」は1792年に崩れて約1万5千人が亡くなった山。2026年7月28日の令和8年熊本地震のあと、また表層が剥がれている。ただし島原市は「ただちに市街地への影響は考えられません」と9月1日に公表している
長崎の「平(ひら)」は平らな土地ではなく崖のこと

「平」という字を見ると、平らな土地を思い浮かべます。楠原氏の寄稿はそこに待ったをかけます。ヒラは薩摩の方言で「崖」、南島の方言で「坂」、対馬の方言で「岡」。アイヌ語の辞典には「pira がけ。土がくずれて地肌のあらわれている崖」とあり、朝鮮語のピラ(崖)との関係を指摘する注記も付いています。楠原氏は「ヒラはアイヌ語とか朝鮮語というより、東アジア共通祖語、原始縄文語にまで遡りうる語であろう」と書いています。
長崎大水害の被災地を地名から検証したのは、もとは中央防災会議の報告書に載ったコラム「地名から見る災害」(川原氏)でした。そこでは川平郷の内平地区で33名が亡くなったことを挙げて、「この地名用語は地すべりの結果生じた地形を表したもの」と述べています。楠原氏はこれを引いたうえで、ヒラはタヒラ(平)の頭音が落ちた語で、地すべりで崩れ落ちた土砂の堆積面が周りより平坦になる、その平坦面を指す名だと説明しています。
数字で確かめます。2026年の地価公示で長崎市に置かれた住宅地の標準地58地点の標高は、中央値37.4m。いちばん低いのが木鉢町(きばちまち)1丁目の2.8mで、いちばん高いのが田手原町の267.8m。同じ市の中で265m差があります。町ごとの坪単価の差も大きく、長崎市の土地は市の平均が使えません。楠原氏の寄稿に出てくる地名を拾うと、鳴滝2丁目37.1m、江平(えびら)1丁目57.8m、滑石3丁目94.1m、川平町117.6m。いずれも斜面の上です。
標高はすべて国土地理院の数値標高モデル(5mメッシュ)と標高APIの値で、地表の高さです。本文の標準地の標高は標高API、図の丸印の数値は5mメッシュの値なので、同じ地点でも小数点以下で食い違うことがあります(鳴滝2丁目は本文37.1m・図36.4m)。
読者
長崎は海の街ですよね。低い土地が危ないのではないんですか。
逆です。長崎県は九州でいちばん「高いところに住んでいる」県で、住宅地の標準地164地点の中央値は26.7mあります。徳島県は同じ数え方で2.0mでした。長崎で低いのは「浦」「浜」の付く海ぞいの町だけで、街の大半は坂の上にあります。だから見るべき地図が、水ではなく崖の地図になります。
| 地名のヒント | 指しているもの | 開く地図 |
|---|---|---|
| 平(ひら・びら)/江平・川平・高平 | 崩れた土砂が積もってできた平坦面という説がある斜面 | 土砂災害警戒区域(急傾斜地の崩壊) |
| 滑石(なめし)・鳴滝(なるたき) | 地すべりの跡と、水が激しく落ちる場所 | 土砂災害警戒区域(急傾斜地の崩壊・土石流) |
| 本河内(ほんごうち)・川内(かわち) | 川に囲まれた谷あいの土地 | 洪水浸水想定区域 |
| 浦・浜・津 | 入り江と砂浜。県内の「浦」8地点は中央値5.4m | 津波浸水想定と高潮浸水想定 |
| 眉山(まゆやま)・水無川(みずなしがわ) | 崩れた山と、雨のときだけ水が出る川 | 土砂災害警戒区域(土石流)と火山の資料 |
なお楠原氏は、すべての地名を災害の名として読むことには慎重です。「川内」「河内」については「川沿いの地である以上、過去にも将来でも洪水とは無縁ではないが、この地名が即『災害地名』とはいえない」と書いています。地名は入口であって、答えではありません。
住まいのリスクに対する備え
土地の履歴やリスクを知ったら、次は「起きたときにどうするか」です。最低限そろえておくと動けるものを挙げます。
一から集めると抜けが出ます。まずセットで用意して、家族の人数分と常備薬だけ足すのが早いです。
断水で最初に困るのがトイレです。備蓄で見落とされやすい一方、代用が効きません。
停電時は懐中電灯より、部屋全体を照らせるランタンの方が使えます。電池でも充電でも点くものだと、どちらが尽きても止まりません。
鍵につけて持ち歩けるサイズ。停電や夜道、内見での床下確認にも使えます。備えは「持ち歩けるかどうか」で使用率が変わります。
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坂の街の正体は、全国1位の34,350か所

国土交通省が公表している「全国における土砂災害警戒区域等の指定状況」の2026年6月30日時点の表を見ると、長崎県の土砂災害警戒区域は計41,481か所で、広島県の47,897か所に次ぐ全国2位です。ところが3つある種類のうち「急傾斜地の崩壊」だけを取り出すと、長崎県の34,350か所が全国1位で、2位の広島県30,845か所を3,505か所上回ります。徳島県は12,634か所でしたから、長崎はその3.3倍です。
なぜこうなるのか。長崎市の公式サイト「『さかんまち』長崎のなりたち」に答えが書いてあります。市域406.4平方キロメートルのうち市街化区域は約64.8平方キロメートルで、「全市域の13.1%の地域に約76.8%の人々が居住し1ヘクタール当たり75人という地方都市としては非常に高密な市街地」。そして市はこう書いています。「日照・通風・採光などは、平地より傾斜度が7~8度の方が良く、宅地としては適しているといわれています。しかし、長崎の場合、住宅建設一般の経済的限界と言われている15度以上の所まで、市街地が形成されています」。
同じページによると、人口集中地区は標高150mくらいまででしたが、昭和55年には200mを越える範囲まで広がりました。市はさらに「もともと田や段々畑などに利用されていた所に、1960年代頃(昭和35年)から、細い畦道をたよりに下の方から家が建ち並びました」とも書いています。道が先にあって家が建ったのではなく、家が建ってから道を通した街です。

1982年7月23日の長崎大水害は、この街を襲いました。国土交通省九州地方整備局の資料によると、降り始めから翌24日までの総雨量は572mm、長与(ながよ)町役場では1時間に187mmという観測史上最大の雨を記録し、死者・行方不明299名、住家被害39,755戸、崖崩れ4,306箇所、地すべり151箇所。気象庁長崎地方気象台の資料は、被害の性格をこう1行で書いています。「長崎県の死者・行方不明者の80%以上が山(がけ)崩れによるものであった」。
川が溢れた災害ではなく、山が崩れた災害でした。だから長崎で最初に開く地図は、洪水ではなく土砂です。イエローゾーンとレッドゾーンの違いは別の記事にまとめています。
その坂の上の住所は、土砂災害警戒区域に入っていますか?
住所を入れるだけ。ハザードマップの指定(浸水・土砂・津波)と地盤の強さが5秒で出ます。会員登録も電話番号も要りません。
島原の「眉山」は1万5千人が亡くなった山 7月28日からまた剥がれている

眉山は、眉のような形をした山という意味の、おだやかな名前です。実際には、日本で記録に残るいちばん多くの人が亡くなった火山災害の現場です。雲仙岳災害記念館の資料は1792年(寛政4年)の出来事をこう記しています。「午後8時すぎ強震2回、眉山大地滑り、津波発生3回。流死15000人。」。崩れた土砂が有明海に流れ込んで津波を起こし、対岸の肥後(熊本)でも「高さ20mを超える津波襲来、流死4653人」。島原で崩れて肥後に迷惑をかけたことから「島原大変肥後迷惑(しまばらたいへん ひごめいわく)」と呼ばれています。

そして2026年7月28日16時27分、熊本県熊本地方でマグニチュード7.1、最大震度7の「令和8年熊本地震」が起きました(気象庁)。島原半島でも震度5強を観測しています。島原市が2026年9月1日に発行した広報しまばらの号外「『眉山』と『溶岩ドーム』の今」は、そのあと眉山で起きていることをこう書いています。0渓から4渓(天狗山)を中心に表層剥離が発生、土砂は山腹直下に堆積中、余震で剥離が拡大している状態、今後の雨量に注意が必要。堆積した土砂の量は調査中です。
同じ号外は、数字も出しています。平成新山の溶岩ドームから今回の地震を含めて崩落した土砂は約38,000立方メートル。それに対して砂防施設が受け止められる容量は約2,900,000立方メートルで、崩れた量は受け皿の1.3%にとどまります。号外は「すべて警戒区域にとどまっており、最上流の砂防施設には到達していません」「現在、市街地への直接的な影響はありません」と明記しています。
九州大学地震火山観測研究センターの松島健特任教授は、同じ号外でこうコメントしています。「眉山は7月28日以降、余震など小規模地震での剥離が発生していますが、降雨や地震がないときにも一部剥離が発生しており、剥離しやすい状況となっています。全体的には亀裂などは確認されていないので、現状では大規模な崩落に繋がることはないと考えています。今後、直下型の大地震が発生した場合の崩落や、大雨による土石流への対策は必要だと考えています。」
島原市長の古川隆三郎氏は同じ号外で「私も2度上空から確認をしましたが、それぞれ砂防、治山の施設が機能しています」「ただちに市街地への影響はないものと考えておりますが、今後の大雨などによる十分な警戒が必要です」と述べ、「市民の皆さんも、気象情報や余震に注意していただきながら、これまで通りの日常の行動をお願いします」と結んでいます。8月12日付の市長メッセージには「風評被害に惑わされることなく、市民生活や経済活動の維持にご協力をお願いします」とあります。この記事も、危ないから近づくなという話ではありません。
読者
234年前に崩れた山が、また崩れているということですか。
規模がまったく違います。1792年は山体そのものが崩れました。今回は表面の土が剥がれている状態で、崩れた土砂は山のすぐ下と砂防施設の中に収まっています。ただ、地名が指しているものは234年前と同じです。眉山は崩れる山で、そのふもとに街があります。だから島原市は「今後の大雨などによる十分な警戒が必要」と言っています。
「水無川」は水が無い川ではなく、雨のときだけ土石流が来る川

眉山の南、普賢岳から有明海へ下る川に「水無川」という名前が付いています。ふだん水が流れていない川です。ここで1990年からの雲仙普賢岳の噴火のあと、何が起きたか。国土交通省の雲仙復興事務所は、こう公表しています。「平成3年から平成27年度末までに、土石流は計78回発生しています。」「平成4年には、1年間に15回もの土石流が発生しています。また、その多くは、水無川にて確認されています。」「最大の土石流は、平成5年6月18日に水無川で発生したもので、約965,000m3もの土砂が流出しました。」
25年間で78回。1年で15回の年もある。水が無い川という名前は、水が来ないという意味ではなく、雨が降ったときだけ水が出るという意味でした。そして火山灰と軽石に覆われた斜面では、その水が土砂を連れてきます。

地震のあとは、同じ雨でも土砂災害が起きやすくなります。令和8年熊本地震のあと、熊本県などでは大雨警報・注意報の基準が7〜8割に引き下げられました。長崎県側でも、島原市は「長時間の降雨などにより地盤が緩むことも想定されるため、引き続き警戒が必要です」と広報の号外に書いています。雨の予報を見る目安が、平時と同じではありません。
「浦」「浜」は低い 長崎で水の地図を見る町
長崎県の住宅地の標準地164地点を、住所に入る字ごとに数え直すと次のようになります。都道府県名・郡名・市町村名を除いて、町名・字名だけで数えました。郡名を入れて数えると「北松浦郡」「南松浦郡」「西彼杵郡」を「浦」「西」として拾ってしまうので、そこは外しています。
| 字 | 地点数 | 標高の中央値 | 5m未満の地点 |
|---|---|---|---|
| 浜 | 6 | 4.0m | 4 |
| 浦 | 8 | 5.4m | 4 |
| 島 | 3 | 6.7m | 1 |
| 津 | 3 | 7.1m | 1 |
| 大 | 14 | 7.5m | 4 |
| 崎 | 8 | 15.6m | 3 |
| 免 | 7 | 24.7m | 2 |
| 田 | 18 | 28.5m | 5 |
| 川 | 12 | 38.5m | 5 |
| 山 | 15 | 47.3m | 0 |
| 原 | 11 | 47.3m | 1 |
| 丘 | 4 | 71.5m | 0 |
| 台 | 3 | 130.3m | 0 |
| 県全体 | 164 | 26.7m | 32 |
低いのは「浜」「浦」「島」「津」で、高いのは「山」「原」「丘」「台」。ここは字のとおりです。「浦」でいちばん低いのは平戸市鏡川町の薄香浦(うすかうら)2.0m、次が壱岐市郷ノ浦町2.2m、西海市崎戸町の蠣浦(かきのうら)郷2.4m。海に切れ込んだ入り江の底に町があります。この字の町では、開く地図が土砂ではなく津波と高潮になります。
「免(めん)」という字が7地点あるのは長崎の特徴です。全国17,612地点の住宅地の標準地で「免」を含むのは30地点しかなく、そのうち7地点が長崎県で全国最多。平戸市田平町大久保免、松浦市星鹿町岳崎免、佐々(さざ)町石木場免のように、平戸・松浦・佐々に集まっています。中世に年貢を免除された田の区画が地名として残ったものとされますが、地形を指す字ではないので、災害の地図とは結び付きません。地名は全部が地形の話ではない、という例です。
地名のヒントを地図で確かめたシリーズ
自分の町で同じことをする手順(無料)
- ハザードマップポータルサイトの「重ねるハザードマップ」で住所を入れ、土砂災害警戒区域を最初に重ねる。長崎はここが主役。次に洪水、海ぞいなら津波と高潮
- 地理院地図で「自分で作る色別標高図」を重ね、家の地点と、いちばん近い平地との高さの差を見る。長崎市の住宅地は中央値37.4mで、坂の上に家があるのがふつう
- 町名に「平」「滑」「滝」「河内」が入っていたら、由来を市の資料で確かめる。長崎市公式の「ナガジン」に町名の由来のページがある
- 大雨のときは、雨量そのものよりその前に地震があったかを見る。地盤が緩んでいる期間は、同じ雨でも崩れやすい
長崎の地名は、坂の街の設計図です。「平」は平地ではなく崖、「水無川」は水が無い川ではなく雨の日だけ来る川、「眉山」は美しい形の山であると同時に崩れた山でした。町名で決めるのではなく、その字が指している地図を1枚開くところから始めてください。
この記事の集計条件
標高は国土地理院の地理院タイル「数値標高モデル(DEM5A・5mメッシュ)」を緯度経度で切り出して色別標高図と陰影を作り、淡色地図を重ねました。丸印の数値は各地点の地表の標高(東京湾平均海面からの高さ)で、建物は含みません。字別の集計は、国土数値情報「地価公示」2026年のうち用途が住宅の長崎県の標準地164地点の住所と、国土地理院の標高APIで取得した標高によります(全国17,612地点の取得は2026年8月20日)。字の集計は、都道府県名・郡名・市区町村名を除いた町名・字名で行いました。土砂災害警戒区域と津波浸水想定の図は、ハザードマップポータルサイト「重ねるハザードマップ」の配信タイル(作図時点の掲載内容)です。
地名の検証は、楠原佑介「『長崎大水害』から見る歴史的地名の検証」(砂防学会機関誌『sabo』vol.118、2015年夏号)と、そこで参照されている中央防災会議・災害教訓の継承に関する専門調査会「1982 長崎豪雨災害報告書」(2005年3月)のコラム「地名から見る災害」によります。長崎大水害の被害の数字は国土交通省九州地方整備局「主な災害の概要[6]長崎大水害」と気象庁長崎地方気象台「昭和57年7月豪雨(長崎大水害)」によります。斜面市街地の記述は長崎市「『さかんまち』長崎のなりたち」「『さかんまち』長崎の現状と課題」の原文です。
土砂災害警戒区域の数は国土交通省「全国における土砂災害警戒区域等の指定状況」の2026年6月30日時点の表の「計」欄によります。同じ表に「集計時期の違い等により、ここで公表している都道府県の指定数と都道府県が公表している市町村別指定数の合計が一致しない場合があります」との注記があり、長崎県が公表している県内の指定数(41,473区域)とは一致しません。眉山と溶岩ドームの状況は島原市「広報しまばら 令和8年9月 号外『眉山と溶岩ドームの今』」(2026年9月1日発行)と、島原市長メッセージ「令和8年熊本地震における溶岩ドーム、眉山の状況について」(2026年8月12日付)によります。令和8年熊本地震の諸元は気象庁「令和8年熊本地震 ポータルサイト」(最終更新2026年9月2日)です。1792年の被害は雲仙岳災害記念館「島原大変」、土石流の回数は国土交通省九州地方整備局雲仙復興事務所「土石流発生状況」によります。
写真はウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons)の素材を、それぞれのライセンスに従って使用しています。アイキャッチの写真は、本文中の眉山の写真と同じものです(クリエイティブ・コモンズ 表示 2.0。撮影者名は写真の注に記載しています)。
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