結論からいうと、解体費を値段から引いて親族から実家を買うと、その引き算は売る側の税金では認められて、買う側の税金では認められません。同じ500万円が、立場によって存在したり消えたりします。
そして神戸市の実際の取引を数えると、その「解体費500万円」の重みは区によって4倍以上ちがいました。土地代に占める割合は東灘区で11%、長田区では48%です。古家を残したまま売った場合にいくら安くなるかは別の記事で数えたので、ここでは値段の決め方に絞ります。
先に結論
- 建物の取壊し費用は、売る人の譲渡所得では譲渡費用として引ける(国税庁No.3255)。買う人の贈与税では、引く規定が無い(同No.4423)
- 贈与税の判定に使う土地・家屋の時価は「通常の取引価額」。相続税評価額や固定資産税の評価額ではない
- 相続税法7条には「著しく低い価額」と書いてあるだけで、何%以下なら該当するという数字は条文にも国税庁の説明にも無い
- 神戸市の住宅地の土地取引571件のうち、500万円以下は67件(11.7%)。500万円は価格の低い方から約11%の位置
- 安く売ると売る側も損をする。親子間の譲渡では3,000万円の特別控除が使えず、生計を一にする親族から買うと住宅ローン控除も対象外
母が相続した実家を、息子が500万円で買いたいという相談
Yahoo!知恵袋に、こういう相談があります。母親が、母の姉(70代)の家を相続した。土地の評価額はおよそ1,000万円だが、築70年の建物を解体するのに400万〜500万円かかる。差し引くと手元に残るのは500万円くらいだから、その500万円を相続人である母と叔母に払えば、自分がこの物件を買えるのではないか。不動産業者を通す必要はあるのか、という内容でした。
回答は13件付いています。そのうち不動産業者からの回答が、この考え方は「低額譲渡」にあたると指摘していました。安すぎる値段で売買すると、その差額が贈与として扱われるという話です。そしてその回答には、税金の計算では解体費は考慮されない、と書かれていました。
ここが引っかかるところだと思います。解体に500万円かかるのは事実で、誰かがその500万円を払わなければ土地は使えません。それなのに、税金の計算では無いものとして扱われる。理不尽に見えます。
調べてみると、解体費が無視されるわけではありませんでした。引けるのは売る側で、引けないのは買う側です。同じ費用が、どちらの税金の話をしているかで扱いが変わります。
売る人の税金では、取壊し費用は引ける
土地を売って利益が出たとき、売主には譲渡所得の税金がかかります。この計算は、売った値段から取得費と譲渡費用を引いた残りに対してかかる形です。
国税庁のタックスアンサーNo.3255「譲渡費用となるもの」は、譲渡費用にあたるものを列挙しています。その4番目に、土地などを売るためにその上の建物を取り壊したときの取壊し費用と建物の損失額が挙げられています。つまり売る側では、解体費は差し引く対象として明記されています。
だから「解体費がかかる分を考慮する」という発想そのものは、税金の世界にちゃんと存在します。存在する場所が、買う側ではないというだけです。
買う人の税金には、その引き算が無い
買う側で問題になるのは贈与税です。相続税法7条は、著しく低い価額の対価で財産を譲り受けた場合、その対価と譲り受けたときの時価との差額を、譲渡した人からの贈与で取得したものとみなすと定めています。
この条文で決め手になるのは「時価」です。国税庁のタックスアンサーNo.4423は、財産が土地や借地権、家屋や構築物などである場合の時価を、通常の取引価額に相当する金額だと説明しています。相続税評価額を使うのは、それ以外の財産の場合です。
そしてこの条文にもNo.4423にも、取壊し費用を差し引いてよいという規定はありません。時価と払った対価を比べるだけの構造になっています。

この非対称は、制度の設計を考えると筋が通っています。譲渡所得は「いくら儲かったか」を測る税金なので、儲けを得るために出た費用は引きます。贈与税は「いくら得をしたか」を測る税金なので、買主が得た利益はその土地の値打ちと払った額の差で決まり、あとで誰がいくら工事に使うかは関係ありません。
「何%以下なら安すぎる」という数字は、条文に書かれていない
解説記事では「時価の80%までなら安全」という線を見かけます。この80%がどこから来ているのかを確かめました。
相続税法7条の条文を通して読むと、書いてあるのは「著しく低い価額の対価」という言葉だけです。割合も金額も出てきません。国税庁のNo.4423にも、個人間の譲渡について何%という基準は書かれていません。同じページに、法人に対して譲渡した場合は時価の2分の1未満という基準が出てくるので、個人間にその種の線が引かれていないことは読み取れます。
80%という数字は、解説サイトが裁判例から導いた目安として紹介しているものでした。法令の基準ではないので、80%を超えていれば安全、という読み方はできません。
もうひとつ、混ざりやすいのが路線価です。相続税の申告で使う路線価は、国税庁が毎年公開しています。令和8年分の発表資料には、路線価等は1月1日を評価時点として、地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定めていると書かれています。つまり路線価どおりの値段は、はじめから市場の水準より低く設定された物差しです。No.4423が土地について求めている「通常の取引価額」とは、別のものを測っています。
神戸市では、解体費500万円の重みが区で4倍ちがう
ここから先は神戸市の実際の取引で見ます。国土交通省の不動産取引価格情報から、神戸市9区で住宅地の土地として成約した571件を取り出し、取引総額の中央値を区ごとに出しました。そこに解体費500万円が占める割合を計算したものが次の図です。

取引件数が40件以上ある7区で見ると、割合は11%から48%まで開きます。東灘区の土地代の中央値は4,550万円なので、解体費500万円は11%です。長田区は1,050万円なので48%になります。
| 区 | 土地代の中央値 | 解体費500万円の割合 | 500万円以下の取引 | 件数 |
|---|---|---|---|---|
| 長田区 | 1,050万円 | 48% | 33% | 42件 |
| 北区 | 1,500万円 | 33% | 20% | 104件 |
| 西区 | 1,700万円 | 29% | 12% | 93件 |
| 須磨区 | 2,300万円 | 22% | 4% | 57件 |
| 垂水区 | 2,600万円 | 19% | 5% | 102件 |
| 灘区 | 3,600万円 | 14% | 4% | 53件 |
| 東灘区 | 4,550万円 | 11% | 3% | 72件 |
| 兵庫区(参考値) | 875万円 | 57% | 31% | 32件 |
| 中央区(参考値) | 4,900万円 | 10% | 0% | 16件 |
この開きが意味しているのは、解体費の引き算が値段の話としてどれくらい大きいかが、場所によって別問題になるということです。東灘区で500万円を引くのは1割の値引きですが、長田区では半額に近づきます。同じ「解体費を引いた値段」でも、時価からどれだけ離れるかがまるで違います。
500万円という値段は、神戸の土地取引の下位11%にあたる
質問者が払おうとしている500万円が、神戸の市場でどのあたりの値段なのかも数えました。住宅地の土地として成約した571件のうち、500万円以下だったのは67件です。全体の11.7%で、価格の低い方から約11%の位置にあたります。9件に1件しかない価格帯です。
ただしこれも区で大きく違いました。長田区では42件のうち14件(33%)が500万円以下なので、3件に1件はこの価格帯です。一方で東灘区は72件のうち2件(3%)、中央区は16件のうち0件でした。
つまり長田区や兵庫区の土地であれば、500万円という値段そのものは市場に実在する水準です。東灘区や中央区で500万円という数字が出てきたら、それは市場の値段からかなり離れたところにあります。自分の土地がどちらなのかは、住所を入れて実際の取引価格を見れば確かめられます。
都道府県名から入れると正しく検索できます。
安く売ると、売った側も控除を2つ失う
身内の売買は当事者しかいないので、安くしても誰も損しないように見えます。ところが税制の側では、親族間の売買はいくつかの優遇から外されています。
ひとつは、家を売ったときの3,000万円の特別控除です。国税庁のタックスアンサーNo.3302は、この特例の要件として、親子や夫婦など特別の関係がある人に対して売ったものでないことを挙げています。特別の関係がある人には、生計を一にする親族、売った家屋にその後同居する親族、内縁関係にある人なども含まれると書かれています。
もうひとつは買う側の住宅ローン控除です。No.1211-1の要件には、その取得時および取得後も引き続き生計を一にする親族や特別な関係のある者からの取得でないこと、という項目があります。同居して生計をひとつにしている親から買う形だと、ここで外れます。
質問者のように「身内なので手続きを簡単に済ませたい」という動機で価格を下げると、買う側で贈与税の論点が出て、売る側で3,000万円控除が消え、同居して生計をひとつにしているならローン控除も使えません。値段を下げたことで、支払う税金の合計が増えることがあります。
不動産業者を通すかどうかは、法律の要求ではない
質問のもうひとつの論点、業者を通す必要があるかについても確かめました。宅地建物取引業法は、宅地建物の売買や媒介を業として行う者に免許を義務づけている法律です。条文を通して読んでも、売主や買主の側に業者への媒介を義務づける規定はありません。
知恵袋の回答にも、登記は不動産業者よりも司法書士に頼んだ方が費用を抑えられるという指摘がありました。仲介手数料と、登記手続きの報酬は別のものです。当事者が決まっていて価格の妥当性さえ押さえられるなら、必要なのは登記と税務の手当てだけ、という整理になります。
私はこう見ています
私は、この相談でいちばん危ないのは贈与税の金額ではないと見ています。危ないのは、「解体費がかかるのだから、その分を引いた値段が正しい値段だ」という考え方を、値段の根拠として持ってしまうことです。
解体費の引き算は、売主が手取りを計算するときには正しい計算です。買主が払う額を決めるときの根拠にはなりません。土地の時価は、その土地を欲しい人が払う額で決まるもので、あとで誰が工事に何を使うかで動く数字ではないからです。この2つを混ぜたまま値段を決めると、根拠を説明できない金額が残ります。
そして「評価額1,000万円」という言葉も、私は一度分解した方がよいと考えます。それが相続税の路線価から出た数字なのか、固定資産税の課税明細に載っていた数字なのか、業者が出した査定額なのかで、市場の水準との距離が変わります。路線価は公示価格の8割程度を目途にした物差しだと国税庁が明記しているので、路線価由来の数字をそのまま売買価格にすると、はじめから市場より低い額から出発することになります。
実務的には、価格を先に決めて後から税金を心配するのではなく、時価の根拠を先に作る順番になると思います。同じ地域の実際の成約価格を並べる、あるいは複数社の査定を取って幅を把握する。そのうえで、その幅のどこに置くかを税理士と相談する。この順番なら、あとから金額の説明を求められても答えられます。
身内で売買する場合も、時価の根拠として査定額は使えます。
そもそも今すぐ買わない、という選択もある
知恵袋の回答には、買う以外の案も出ていました。息子が母に家賃を払う形にして、名義は母の単独のままにしておくという案です。もうひとつ、母の単独名義であればいずれ相続で移るのだから急ぐ必要はない、という指摘もありました。
別の相談では、父が「自分が死んだ後に名義を移す方が税金は安い」と言っているという投稿もありました。この相談への回答は、相続には基礎控除3,000万円に法定相続人1人あたり600万円を加えた枠があり、居住用の宅地には評価を大きく下げる特例もあるため、待つ方が有利になりやすいと説明していました。
ここで比べているのは、今買うために動かす現金と税金、待った場合の相続の枠、その間に建物が傷むことによる負担です。買うことが目的化していないかを一度確かめる価値はあります。
この記事の数字の出どころ
取引価格は国土交通省「不動産取引価格情報」から、神戸市9区の2024年第4四半期〜2026年第1四半期のデータを取得し、種類が「宅地(土地)」かつ地区が「住宅地」の571件を集計しました。金額は取引総額の中央値で、面積による絞り込みはしていません。「解体費500万円の割合」は、500万円をこの中央値で割った値です。「500万円以下の取引」は同じ571件のうち取引総額が500万円以下だったものの割合です。取引件数が40件未満の兵庫区と中央区は参考値として区別しました。
税制の根拠は次のとおりです。みなし贈与の規定は相続税法第7条、時価の定義は国税庁タックスアンサーNo.4423、譲渡費用に取壊し費用が含まれることはNo.3255、贈与税の基礎控除と税率はNo.4408、居住用財産の3,000万円特別控除の適用除外はNo.3302、住宅借入金等特別控除の要件はNo.1211-1を参照しました。路線価の水準は国税庁「令和8年分の路線価等について」(令和8年7月)の記載によります。宅地建物取引業法は第2条第2号および第12条を参照しました。
贈与税の税率は、直系尊属から取得した場合の特例税率と、それ以外の一般税率で異なります。この記事の題材のように母と叔母の両方から買う形では両方が関わるため、具体的な税額の試算は載せていません。個別の判断は税理士または所轄の税務署に確認してください。この記事は税務や法務の助言ではありません。


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