実は地名にヒントがあります。長野県南木曽町の梨子沢は、明治初期の村絵図に「蛇抜沢」と書かれた沢です。2014年7月9日午後5時40分、その沢で土石流が起き、中学1年生の男子1人が亡くなり、3人がけがをし、家10棟が全壊しました。長野県砂防課は「蛇抜(じゃぬけ)」を土石流の災害地を指す言葉として県内26か所で確認しています。ただし、このヒントの読み方は水害の地名と違います。梅田や横浜で見た「低さ」ではなく、「傾き」です。扇状地の頂点から梨子沢の谷を約1.7km上ると、地面は387m高くなります。
この記事でわかること
- ✓ 南木曽町読書の梨子沢は明治初期の村絵図で「蛇抜沢」。2014年7月9日17時40分に土石流が出て、12歳の中学生が犠牲になった
- ✓ 長野県砂防課が確認した「蛇抜」の地名は県内26か所。1953年の碑には「白い雨が降るとぬける」「蛇ぬけの水は黒い 蛇ぬけの前はきな臭い」
- ✓ 土砂の地名は標高図では読めない。扇状地の頂点447mから谷を約1.7km上ると834m。見るのは低さではなく傾きと、土砂災害警戒区域の図
蛇抜(じゃぬけ)とは何か 長野県が集めた8つの地名
長野県砂防課は「災害にかかわる地名」を県内で集めて公開しています。木曽地方で「蛇抜け」といえば土石流のことで、歴史的に大きな災害をたびたび経験してきた人々にはよく知られた言葉です。県のページにある8つの語を並べます。
| 地名の語 | 意味(長野県砂防課の説明) | 確認箇所 |
|---|---|---|
| じゃぬけ(蛇抜、蛇退) | 土石流(鉄砲水)災害地 | 野沢温泉村〜旧清内路村まで26か所 |
| おしだし(押出、おったし、牛出) | 土石流(鉄砲水)災害地 | — |
| そり(反、剃、返、橇、曽利) | 崩壊地、土砂の流出による傾斜地 | — |
| ぞうれ、そうれ、ぞれ(草連) | 崩壊地、土砂の流出による傾斜地 | — |
| はば(幅、羽場、破々、婆) | 河岸段丘 | — |
| まま(坿、儘、真々) | 崖地、傾斜地、河岸段丘 | — |
| さけ、さく(裂、佐久) | 窪地 | — |
| くわ(桑、鍬) | 崖地 | — |
同じページに「災害には無関係な由来を持つ場合もあります」と注記があります。広島の八木で報じられた「蛇落地悪谷」のように、あとから文献が見つからない例もあります(「蛇」「妙」の字に隠された話は本当?で書きました)。南木曽の「蛇抜沢」が違うのは、明治初期の村絵図に書かれ、1953年に碑が建ち、2014年にもう一度出た、という3つの記録がそろっていることです。

住まいのリスクに対する備え
土地の履歴やリスクを知ったら、次は「起きたときにどうするか」です。最低限そろえておくと動けるものを挙げます。
一から集めると抜けが出ます。まずセットで用意して、家族の人数分と常備薬だけ足すのが早いです。
断水で最初に困るのがトイレです。備蓄で見落とされやすい一方、代用が効きません。
停電時は懐中電灯より、部屋全体を照らせるランタンの方が使えます。電池でも充電でも点くものだと、どちらが尽きても止まりません。
鍵につけて持ち歩けるサイズ。停電や夜道、内見での床下確認にも使えます。備えは「持ち歩けるかどうか」で使用率が変わります。
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梨子沢は南木曽岳から木曽川へ、1kmで230m下る

図の青い帯が木曽川で、南木曽駅の地表は標高394.5m。駅の南東、読書(よみかき)地区の集落は、扇を広げたような緩い斜面の上にあります。これが梨子沢が山から運んだ土砂でできた扇状地で、扇の頂点は446.8m。そこから梨子沢の谷を約0.9km上ると591.1m、約1.7km上ると833.5m。1kmあたり約230m上がる、勾配にして約1/4です。谷の先には標高1,677mの南木曽岳があり、梨子沢はその北西斜面を集めて木曽川へ下ります。
産業技術総合研究所の地質調査総合センターは、土石流の発生地を白亜紀末の上松花崗岩と木曽駒花崗閃緑岩の分布域と報告しています。花崗岩は地表や割れ目から風化すると「真砂」と呼ばれる砂状になり、これが大雨でいっせいに動きます。同センターは、発生源の下流に「土石流などで山地から供給された堆積物がたまった扇状地堆積物」があるとも書いています。集落が載っている扇状地そのものが、過去の蛇抜けの積み重ねです。
読者
梅田や横浜の記事では標高図で地名を確かめていました。蛇抜も標高で見ればいいのでは。
見るものが違います。梅田・渋谷・亀戸・真備町川辺と横浜の記事は「水がたまる低さ」を測りました。土石流は逆で、高い所から一気に下る「傾き」と、その出口に扇状地があるかどうかで決まります。読書の集落は木曽川の水面より数十m高い扇状地の上にあって、水害の物差しでは安全に見えます。それでも土石流は来ました。だから土砂の地名は、標高図ではなく土砂災害警戒区域の図と重ねて読みます。

2014年7月9日 「麓では雨が降りやむ頃『蛇抜け』が出た」
台風8号と梅雨前線の雨で、南木曽町では7月9日に1時間70mmを観測しました。7月としては最大の値です。国土交通省の三留野雨量観測所では、午後3時から6時までの3時間で112mm。土石流が出たのは午後5時40分ごろ、雨がやみかけた時刻でした。
「ゴオーッという音と振動で外に出ると、泥くさいにおいがした。土石流の第1波がすでに到達し、川は全て埋まり橋もなくなっていた」
早川親利さん(73歳)の証言。中日新聞「災とSeeing(32)梨子沢土石流」より
被害は死者1人、負傷者3人、住家の全壊10棟・一部損壊3棟。土砂は国道19号に流れ込み、JR中央本線の橋が流失しました。亡くなったのは南木曽中学校1年生の榑沼海斗さん、12歳でした。
読者
梨子沢は、ふだんはどんな沢なんですか。
ふだんは水の少ない小さな沢で、地元の人には身近な沢です。それでも土石流が繰り返し起きてきたので、「蛇抜け」という言葉で危険が語り継がれてきました。1953年7月にも蛇抜けがあり、そのとき建てられた碑には前兆が刻まれています。
「白い雨が降るとぬける」「蛇ぬけの水は黒い 蛇ぬけの前はきな臭い」
南木曽町の「蛇ぬけの碑」(1953年7月の蛇抜けのあとに建立)。中日新聞の記事より
2014年の災害のあとには「平成じゃぬけの碑」が建ち、「平成二十六年七月九日午後五時四〇分 麓では雨が降りやむ頃『蛇抜け』が出た」「道路を橋を線路を住宅を呑み込んだ」と刻まれました。2025年7月9日には知事がこの碑に献花し、南木曽小学校の児童が自宅からの避難路を考える活動をしています。

土砂の地名の読み方 低さではなく、傾きと出口
名古屋大学の五味高志教授(砂防学)は中日新聞に「ハード対策だけでなく、自分が住む地域の災害リスクや災害伝承を知り、避難方法を考えることが大切だ」と話しています。伝承を知る入口が地名で、リスクを知る道具が土砂災害警戒区域の図です。順番はこうなります。
- 地名に「蛇抜」「押出」「反」「草連」「崩」「抜」のような字があれば、その沢や斜面がどこかを地図で探す
- 家が沢の出口(扇状地)の上にあるか、斜面の直下にあるかを見る。標高が周りより高くても、傾きがあれば土砂は来る
- 都道府県の土砂災害警戒区域(イエローゾーン)と特別警戒区域(レッドゾーン)を住所で確認する。指定の意味はイエローゾーン・レッドゾーンとは?で書いています
- 碑と伝承を読む。「白い雨」「きな臭い」「黒い水」は、その土地で実際に観察された前兆の記録

地名に「蛇」や「抜」が無い土地が安全という意味ではありません。長野県も「災害には無関係な由来を持つ場合もあります」と注記しています。地名は入口で、判定は警戒区域の図と、その場所の傾きで行います。
この記事の集計条件
標高は国土地理院の地理院タイル「数値標高モデル(DEM5A・5mメッシュ)」を緯度経度で切り出して色別標高図と陰影を作り、淡色地図を重ねました。丸印の数値は各地点の地表の標高(東京湾平均海面からの高さ)で、扇状地の頂点と谷の上流の2点は、5mメッシュの谷底を追って位置を定めた地点の値です(距離は扇状地の頂点からの直線距離)。南木曽岳の標高は地理院地図の標高点によります。
地名と碑文は長野県砂防課「木曽郡南木曽町読書地区蛇抜沢」「災害にかかわる地名(全般)」、地質は産業技術総合研究所 地質調査総合センター「長野県南木曽町で発生した土石流の発生地に関する地質情報(第2報)」、被害と雨量はYahoo!天気・災害「災害カレンダー」(長野県南木曽町土石流災害 2014年7月9日)、住民の証言・1953年の碑文・五味教授の発言は中日新聞「災とSeeing(32)梨子沢土石流」、犠牲者と2025年の献花・避難路の活動は信濃毎日新聞(2025年7月10日)によります。
写真はウィキメディア・コモンズ(Wikimedia Commons)の素材を、それぞれのライセンスに従って使用しています。アイキャッチの写真も同じく2014年8月の梨子沢(パブリックドメイン)です。
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