毎月のAI利用料は払い続けているのに、担当者が帰る時間は去年と変わっていない。総務省が2026年7月に出した『令和8年版情報通信白書』によると、日本の企業の86.4%はすでに何らかの業務で生成AIを使っています。
それでも仕事が減った実感がないのは、性能の問題ではありません。同じ白書に、日本だけが他の3か国より低い項目がはっきり書かれています。この記事では、実際に成果を数字で公表している日本5社・海外5社が、AIを入れる前に何をしていたかを一次資料から並べます。
この記事でわかること
- ✓ 日本企業の86.4%がAIを使っていて、それでも時間が減らない理由
- ✓ 年78.8万時間を削った会社が、AIより先に手を付けたもの
- ✓ AI専門の部署が無い放送局が、ニュース1本を2分・数円で作っている手順
- ✓ 700人分の仕事をAIに任せた会社が、1年半後に人を採り直した理由
- ✓ 1つの業務で始めるときに、先に数えておく4つの数字
日本の86.4%がAIを使っている。使い道は議事録とメールに偏っている
まず、日本企業のAI利用は止まっていません。白書の企業向け調査で「自社の何らかの業務で生成AIを利用している」と答えた割合は、2024年度調査の55.2%から2025年度調査で86.4%に上がりました。活用方針を定めている割合も49.7%から68.9%へ動いています。
問題はその中身です。業務類型ごとに聞くと、日本でいちばん多い使い道は「議事録・メール作成補助」で約7割。効果を実感すると答えた割合も、この項目が最も高い72.3%でした。次点の社内ヘルプデスクが42.7%なので、頭ひとつ抜けています。
読者
うちも議事録は楽になりました。それでは足りないんですか?
足りないわけではありません。ただ、議事録が15分速くなっても、会社の総労働時間は動きません。動いた会社は、議事録の外側に手を入れています。
白書はもう一つ、日本の弱点を名指ししています。生成AIによる業務変革について「組織的な取組はない」と答えた割合は、日本が約3割弱。米国は1.4%です。さらに環境整備の設問では、「業務プロセスの見直しや生成AI活用検討に必要なスキルやノウハウを学ぶ環境がある」と「生成AIに社内データを学習させたり、生成AIが参照可能なデータベースを構築したりしている」の2項目で、日本の回答割合が他の3か国より顕著に低いと書かれています。
足りないのはAIの性能ではなく、AIに渡せる社内データと、渡し方を学ぶ場でした。

ここから先の10社は、まさにこの2つを先に用意していた会社です。
年78.8万時間を削ったパナソニック コネクトが、AIより先に手を付けたもの
パナソニック コネクトは2026年7月29日、2025年度の生成AI活用データを公表しました。国内約11,800人を対象に、AI活用による総労働時間の削減効果は78.8万時間、年間総労働時間の3.4%に相当します。利用回数は361万回で、前年度の1.6倍でした。
用途は質問への回答よりも成果物づくりに移っていて、議事録、コード生成、ログ分析、提案書、設計書・仕様書が並びます。ここだけ見ると「大企業だから」で終わりますが、時間の使い方を見ると別の絵が出てきます。
同社が全社員向けにConnectAIを始めたのは2023年2月。つまり78.8万時間は、3年半かけて到達した数字です。その途中でやっていたのがデータ整備でした。2024年からRAG(社内文書を検索してから回答させる仕組み)で文書・図面・仕様書を使えるようにし、「パナソニック コネクトコーパス」として非構造化データに加えて50の社内業務システムの構造化データを統合。2026年度からはSFA(営業支援システム)やERP(基幹業務システム)の情報まで連携すると書かれています。
順番が逆でないことに意味があります。賢いモデルを探したのではなく、AIが読める社内データを3年かけて作った結果として、削減時間が前年の2倍になりました。
この節の数値はすべて、パナソニック コネクトの2026年7月29日付ニュースリリースによります。金額換算のROIは公表されていません。
「AWSもクラウドも最初は何も知らなかった」放送局が、ニュース1本を2分・数円で作っている
10社のうち、いちばん規模が小さく、いちばん真似しやすいのが北海道文化放送です。同社には専任のシステム開発部門がなく、開発を担ったのはニュース部門の有志でした。担当者はAWSの事例ページで、最初はAWSやクラウドについて何も知らなかった、と語っています。その状態からBIツールをわずか数週間で作ったのが出発点です。
同社には自治体や企業から月1,000件を超えるプレスリリースが届きます。仕組みはこうです。
- 届いた資料をPDF化し、OCRでテキストにする
- Amazon DynamoDBに保存する
- 取材した記者が、取材で得た情報を追加で入力する
- Amazon Bedrock上のClaude 2.1に渡し、原稿を3案生成させる
- 記者が最もよい案を選び、編集して公開する
- 動画にする場合はAmazon Pollyで音声を作り、誤読やイントネーションを人が直す
結果は具体的です。記事1本の生成が約2分、追加費用は1本あたり数円程度。短尺動画は従来30分から1時間かかっていたものが、その20%未満になりました。これにより月100〜120本の追加コンテンツを、大きな追加コストなしに作れるようになっています。
読者
3案も読むくらいなら、自分で書いた方が速くないですか?
選ぶのは数十秒です。消えるのは「白い画面の前で最初の一行を考える時間」のほうです。
私はこの形が、中小企業や個人事業がいちばん再現しやすい型だと見ています。理由は3つあって、独自のAI基盤を作っていないこと、OCR・データベース・LLMのAPI・音声合成という既製の部品の組み合わせで済んでいること、そして記者が最終編集者として工程に残っていることです。AIが間違えても、公開前に人の手で止まります。
この型を不動産の1業務にそのまま当てはめた手順は、マイソクの転記、AIに任せて大丈夫?に書きました。当方が実際にAIへ物件資料を読ませて、所在地を書き換えられた記録つきです。
AIの出力をそのまま業務に流すと何が起きるかは、AIが作った不動産会社リスト、その会社は本当にありますか?に別の形で書きました。
700人分をAIに任せたKlarnaが、1年半後に人を採り直した
ここが、成功事例だけ並べると見落とす部分です。
スウェーデンの決済企業Klarnaは、OpenAIを使ったAIアシスタントをカスタマーサービスに投入しました。稼働開始から最初の1か月で230万件の会話を処理し、これは全カスタマーサービスチャットの3分の2、フルタイム担当者700人分の仕事量にあたると発表しています。顧客満足度スコアは人間の担当者と同等、繰り返しの問い合わせは25%減少、解決までの時間は11分から2分未満になりました。23か国・35言語以上で24時間動き、2024年に4,000万ドルの利益改善につながると見込む、というのが当時の発表です。
その約1年半後、2025年9月10日、ニューヨーク上場の当日に、CEOのSebastian Siemiatkowski氏はロイターの取材に対し、コスト削減にAIを使うことに少し行き過ぎたかもしれない、この半年は軌道修正してきた、と語りました。同社は従業員を5,000人から3,800人に減らしていましたが、記事の時点では再び採用を始め、求人ポータルには20件以上の募集が出ていました。
金額も残っています。Salesforceのソフトウェアをやめて自社のAIツールに切り替えた節約額は約200万ドル。これについてCEOは、投資家は喜ばない、彼らが見るのは成長であり、顧客に何を提供できているかだ、という趣旨を述べています。
AIで処理できる量と、AIだけで提供してよいサービスは、別の問題でした。
顧客と直接つながる窓口にAIを置くなら、AIが処理した率だけを見ていては足元をすくわれます。人へ引き継いだ率、苦情率、繰り返しの問い合わせ率、解約率まで同時に見る必要があります。Klarna自身が、いまはAIと人のサポートを組み合わせる方向へ戻しています。
前半の数値は2024年2月時点のKlarnaとOpenAIの発表、後半は2025年9月10日のロイター報道によります。
モルガン・スタンレーは毎日、同じ質問をAIに投げ直している
モルガン・スタンレー・ウェルス・マネジメントは、GPT-4を組み込んだ社内向けの質問応答ツールを展開し、いまは98%以上のアドバイザーチームが使っています。アドバイザーがアクセスできる文書の割合は20%から80%に上がりました。
規模の話より、運用の話が参考になります。同社の全社AI製品・アーキテクチャ戦略責任者は、当初は対応できる質問が7,000件までだったが、現在は100,000の文書のコーパスからあらゆる質問に効果的に回答できるようになった、と説明しています。7,000件を10万文書に育てるあいだ、同社は本番投入前にすべてのユースケースを評価する枠組みを作り、アドバイザーとプロンプトエンジニアが回答の正確性と一貫性を採点していました。
本番に出したあとも止めていません。サンプル問題の回帰スイートによる日々のテストで、モデルや検索方式を変えたときに以前できていた回答が壊れていないかを確認しています。
会議支援ツールでは、顧客の同意を得たうえでZoomの録画をWhisperで処理し、GPT-4が顧客メモとアクション項目にまとめてCRMへ流します。ただし確定するのはアドバイザーです。AIが作った出力を人が確認・調整してから送る形になっています。
読者
毎日テストなんて、大企業だからできることでは?
規模の話ではありません。自分の業務で「これは必ず正しく答えてほしい」質問を20個書き出して、月に1度その20個を投げ直すだけでも、モデルが変わった日に気づけます。
資産になっているのはプロンプトの上手さではなく、繰り返し使える評価データセットのほうです。
いちばん高いモデルを使い続ける必要はない
メルカリは2024年9月、写真をアップロードするだけでカテゴリ・タイトル・説明文が生成される「AI出品サポート」を出しました。同社のHead of AI/LLMは、商品出品の体験を可能な限りなくしてみようと決めた、と振り返っています。構想から機能リリースまで約2か月、リリース後は1分あたり数百以上の出品が作られました。
効いたのはモデルの入れ替えです。当初はGPT-4で開発していましたが、GPT-4o miniに移行してコスト面とレイテンシを大幅に削減し、さらに1出品あたり複数画像への対応と生成品質の向上まで同時に実現しています。性能だけでモデルを選んでいたら、この移行は起きません。
同じ発想がB2Bの現場にもあります。顧客の自由記述を解析するニュージーランドのThematicは、CTOが「ソリューションを設計するたびに、10以上の大規模言語モデルをテストする」と述べています。しかも従来のルールベースの仕組みを捨てず、生成AIと組み合わせて使っています。
Duolingoのリードエンジニアの説明も同じ方向です。GPT-4ではわずか1日でプロトタイプを構築でき、0から95%までの作業を迅速に行えるようになり、最後の5%だけ手作業によるデータの微調整をすれば済むようになった、と語っています。速くなったのは前半で、最後の5%は人の仕事として残りました。
10社が公表している数字を並べてみる
| 企業 | 何に使っているか | 公表されている数字 |
|---|---|---|
| パナソニック コネクト(日) | 全社の業務、設計・営業・経理まで | 年78.8万時間削減、総労働時間の3.4%、利用361万回 |
| 北海道文化放送(日) | ニュース原稿と動画の下書き | 1本約2分、追加数円、月100〜120本増 |
| メルカリ(日) | 出品のカテゴリ・タイトル・説明文生成 | 1分あたり数百以上の出品、構想から約2か月で公開 |
| Ubie(日) | AI問診と診療記録 | 施設あたり年1,000時間の記録削減、インフラ費20%減 |
| 野村グループ(日) | 広告審査のコンプライアンスチェック | 精度向上と処理時間短縮(数値は未公開)、12か月の運用 |
| Klarna(海外) | カスタマーサービス | 月230万件、11分から2分未満、繰り返しの問い合わせ25%減 |
| モルガン・スタンレー(海外) | 社内文書の検索、会議メモ | 利用率98%超、文書アクセス20%から80%へ、10万文書 |
| Moderna(海外) | 全社業務、法務、臨床の補助 | 2か月で社内GPT 750個、週次利用者の40%が自作 |
| Duolingo(海外) | 会話練習と解説 | プロトタイプ1日、95%まで自動・残り5%は手作業 |
| Thematic(海外) | 顧客の声の解析 | 設計のたびに10以上のLLMを比較 |
この表で目立つのは、金額のROIを出している会社がほとんどないことです。10社のうち金額を公表しているのはKlarnaの4,000万ドル(2024年の見込み)だけで、残りは時間、利用率、処理件数、1件あたりの費用、インフラ費で語っています。
Modernaの数字も、技術ではなく運用の結果です。同社はChatGPT Enterpriseの導入から2か月以内に社内GPTが750個作られ、週間アクティブユーザーの40%が自分でGPTを作るところまで到達しました。そこに至るまでに、地域・事業部ごとのオフィスアワー、社内フォーラム(現在は週2,000人が参加)、上位100人のパワーユーザーを「生成AIチャンピオン」として育てる仕組みを走らせています。白書が「日本だけ低い」と名指しした、学ぶ環境そのものです。
なお、Modernaが臨床データの分析に使っている「Dose ID」は、同社もOpenAIも開発と検証を続けているパイロットだと書いています。AIが単独で臨床判断をしている本番システムではありません。
1つの業務で始めるときに、先に数える4つの数字
10社を並べて言えるのは、成否を分けるのがモデル選びではなく業務設計だということです。そして最初の一歩は、AIを触ることではなく、いまの数字を数えることでした。
- いま1件に何分かかっているか
- 月に何件あるか
- AIに1件渡すといくらかかるか
- 人が何%を直しているか

北海道文化放送の「2分・数円・月100〜120本増」は、この4つが揃った形です。揃っていれば、続けるか、広げるか、やめるかを自分で決められます。揃っていないと、契約だけが毎月更新されます。
対象に選ぶ業務は、次の4つを満たすものにします。
- 人が繰り返し行っている
- 文章・画像・音声などデジタルデータにできる
- 良し悪しを人が判定できる
- AIが間違えても、公開前に人が止められる
ニュースの下書き、議事録、問い合わせの一次回答、社内文書の検索、商品説明の案。10社の多くもこの条件から始めています。逆に、良し悪しを判定できない業務や、間違いを止められない業務を最初に選ぶと、評価の基準が作れないまま費用だけが積み上がります。
私は、日本の86.4%と「組織的な取組はない」約3割弱の差は、AIの性能差ではなく、社内のデータをAIが読める状態にしていないことの差だと見ています。パナソニック コネクトが50の業務システムを統合し、モルガン・スタンレーが10万文書の検索品質を毎日確かめているのは、そこが本体だからです。議事録の下書きは入口としては正解ですが、そこで止まると、来年も同じ白書の同じ位置にいることになります。
物件の紹介文をAIに書かせる場合の線引きは、AIが書いた物件紹介文はそのまま掲載できる?にまとめています。
出典
- 総務省『令和8年版情報通信白書(概要)』2026年7月(企業の生成AI利用率86.4%、活用方針68.9%、業務類型別の活用状況と効果、業務変革の組織的な取組と環境整備の国別比較)
- パナソニック コネクト ニュースリリース 2026年7月29日(78.8万時間、総労働時間3.4%、361万回、コーパスと50の業務システム)
- AWS 導入事例「北海道文化放送」(約2分、数円、月100〜120本、Amazon Bedrock/Claude 2.1、Amazon Polly、Amazon DynamoDB)
- AWS 導入事例「野村グループ」(Core AI、Amazon Bedrock、広告審査のコンプライアンスチェック、12か月)
- AWS 導入事例「Thematic」(10以上のLLMの比較、従来型の仕組みとの組み合わせ)
- Google Cloud 導入事例「Ubie」(年1,000時間、GKE Autopilotによるインフラ費20%減、日次デプロイ)
- OpenAI 導入事例「Klarna」「Morgan Stanley」「Mercari」「Moderna」「Duolingo」
- ロイター 2025年9月10日「Sweden’s Klarna shifts AI focus from cost cuts to growth」
数値はいずれも各社・各官庁の公表資料を2026年8月25日に確認したものです。公表されていない初期開発費・月額費用・SLAは、この記事にも書いていません。


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