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3,000万円のマンション契約で手付金300万円を払った3日後、「やっぱりやめたい」と言い出したら、いくら戻ってくるでしょうか。答えは0円です。買主の都合でやめる場合、手付金は全額あきらめることになります。
では逆に、売主の都合で契約をやめる場合はどうでしょう。買主から預かった300万円を返すだけでは終わりません。売主はさらに300万円を上乗せして、合計600万円を買主に払う義務を負います。
この「払った分が消える」ルールが手付流し、「倍にして払う」ルールが手付倍返しです。根拠は民法557条と宅地建物取引業法39条にあり、契約書にサインした瞬間から効力を持ちます。ただし、このルールには「いつまで有効か」という期限があり、そこを日数で勘違いしている人が実務では珍しくありません。
この記事でわかること
- ✓ 手付流しは買主が手付金を放棄する解除、手付倍返しは売主が倍額を払う解除。根拠は民法557条の1文
- ✓ 宅建業者が売主のときの手付金は、宅建業法39条により代金の20%が上限
- ✓ 解除できる期限は「契約から◯日以内」ではなく「相手が契約の履行に着手する前」まで
- ✓ 買主が倍返しの受け取りを拒否しても、売主が現実にお金を差し出せば解除は成立する
「手付流し」と「手付倍返し」の根拠は、民法557条の1文
宅建業界で使われる「手付流し」「手付倍返し」という言葉は、実は民法の条文にそのままの形で出てきません。両方とも、次の1文から生まれた業界の呼び名です。
「買主はその手付を放棄し」の部分が手付流し、「売主はその倍額を現実に提供して」の部分が手付倍返しです。どちらも理由は要りません。「気が変わった」「もっと良い物件が出た」でも、この条文だけで契約はやめられます。
読者
手付金を払ったら、もう後戻りできないと思っていました。
そこが誤解されがちな点です。条文には「ただし」以降に条件があって、相手が動き出す前ならまだ引き返せます。
買主側の「手付流し」——手付金の目安と、上限20%のルール
手付金の金額は、契約のたびに売主と買主が話し合って決めます。業界で目安とされているのは売買代金の5〜10%程度ですが、これは法律で決まった数字ではありません。
数字が決まっているのは、宅建業者が自ら売主になる取引だけです。宅建業法39条により、業者が売主のときの手付金は代金の20%が上限と定められています。個人が売主の中古物件の売買では、この上限はかかりません。
自分の街の相場から手付金の実額を逆算しておくと、放棄する金額が具体的になります。

放棄するのも、倍返しするのも、この封筒の中身の話です(写真はイメージ・Pexels)
未完成物件で手付金や中間金の合計が代金の5%または1,000万円を超える場合は、別の規制である保全措置の対象になります。こちらは業者側の義務なので、手付金、保全措置なしで受け取っていませんかに書きました。
売主側の「手付倍返し」——受け取りを拒否されても解除は止まらない
売主から見た手付倍返しにも、誤解が1つあります。「買主が倍額の受け取りを拒否すれば、解除を止められる」という思い込みです。
全日本不動産協会のFAQ(エフエーキュー・よくある質問集)によれば、単に倍額を受け取るよう催告するだけでは解除の効力は認められず、売主は買主に現実にお金を提供する必要があります。逆に言えば、実際にお金を用意して差し出しさえすれば、買主がそれを受け取らなくても解除は成立します。
読者
受け取りを拒否すれば、契約を続けさせられますか?
拒否は盾になりません。売主が現金や振込みで実際に用意していれば、その時点で解除は成立したと扱われます。
期限は「日数」ではなく「履行の着手」で決まる
ここが手付流し・手付倍返しでいちばん誤解の多い部分です。条文の「ただし」以降、相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでないとあります。契約から◯日以内、という日数の期限ではありません。
契約書に「手付解除期日」の定めがある場合は、その日までなら日数で判断できます。ただし定めがない場合は、相手が実際に何をしたかで決まります。買主なら住宅ローンの本審査を進めて残代金の準備を始めたかどうか、売主なら引渡しに向けた登記や物件の準備を始めたかどうかが目安です。
読者
契約から3か月経ったら、もう解除は無理ですよね?
契約書に手付解除期日が書いてあればその日まで、無ければ相手が動き出す前まで。経過した日数そのものは、解除できるかどうかの基準になりません。
自分の契約書のどこを見ればいいか
売買契約書には「手付解除」という条項があり、契約書のひな形の大半でそこに期日が書かれています。この欄が空欄になっている契約書もあり、その場合は日数の目安がないまま「相手の履行の着手」だけが基準になります。
媒介契約書とは別の書類なので、探す場所を間違えないようにします。媒介契約書の見方は一般媒介より専任媒介のほうが早く売れる、とは限りませんに書きました。
手付解除期日は売買契約書に書かれる項目で、媒介契約書には出てきません。両方の書類を混同しないよう注意してください
Yahoo!知恵袋に見る、実際にあった手付金の相談
Yahoo!不動産の知恵袋には、次のような質問が投稿されています。
この質問に寄せられたベストアンサーは、まさに手付流し・手付倍返しの仕組みをそのまま説明しています。「正当な事由がない買い主側の契約不履行の場合は、手付金を放棄しなければなりません。売主側の契約不履行の場合は、買い主に手付金を返還して更に預かりしていた手付金の同額を買い主に支払う事になると思います」という回答です。
別の相談では、重要事項説明の前に100万円を振り込んだ人が「この状態でキャンセルした場合、お金は帰ってくるのでしょうか」と質問しています。この人はまだ売買契約書にサインしておらず、住宅ローンの本審査を申し込んだ段階です。手付流しのルールは売買契約が成立して初めて働くので、契約前に払ったお金は性質が違う可能性があります。手付金という名目で払ったお金が、実際には何のお金なのかは、契約書にサインしたかどうかで変わります。
私の見解——「もう後戻りできない」と説明されがちな理由
私は、契約の現場で「手付金を払ったら後戻りできません」という説明が先に出てくるのは、履行の着手前かどうかを確認するより先に契約を確定させたい事情があるからだと見ています。実際には、相手が動き出す前なら買主は手付金を放棄するだけで、売主は倍額を払うだけで、理由なく契約をやめられる制度です。
この制度は買主だけに都合が良いわけでもありません。手付を放棄すれば済むという仕組みは、売主にとっても「損害賠償の金額で揉めずに済む」という利点があります。だからこそ、この条文は買主・売主のどちらの立場でも知っておく値打ちがあります。
今日できる確認は3つ
契約前後で気になっている人は、この順で確認してください。
1. 契約書の「手付解除」の条項を見る
期日が書かれていれば、その日までは日数で判断できます。空欄なら、相手の履行の着手が基準になります。
2. 手付金の金額欄を確認する
買主が放棄する金額、売主が倍返しする金額の両方が、この欄の数字で決まります。宅建業者が売主の場合は代金の20%を超えていないかも見ておきます。
3. 相手の準備状況を確認する
買主側なら住宅ローンの本審査の進み具合、売主側なら引渡しに向けた準備が始まっているかどうかで、まだ解除できるかの目安がつきます。
よくある質問
手付解除期日を過ぎたら、絶対に解除できませんか
期日はあくまで契約書上の目安です。期日を過ぎていても、相手がまだ契約の履行に着手していなければ、条文上は解除できる余地が残ります。ただし解釈が分かれる部分なので、迷ったら宅建業者や弁護士に確認してください。
手付金と申込証拠金は同じものですか
違います。申込証拠金は売買契約の前に払う予約金のような性質のお金で、手付流し・手付倍返しのルールは売買契約が成立してから働きます。契約書にサインする前に払ったお金がどちらの性質かは、受け取った書類の名目で確認します。
手付流し・手付倍返しを知る値打ちは、業界用語を覚えることではありません。自分の契約書の手付解除の欄がどうなっているかを、今日確かめられることです。
同じシリーズで、不動産用語の「物上げ」って何?、不動産用語の「業物」って何?も公開しています。
出典:民法第557条第1項/宅地建物取引業法第39条(手付の額の制限等・要旨)/全日本不動産協会 会員向けFAQ(エフエーキュー・手付倍返しの受領拒否に関する取扱い)/Yahoo!不動産 知恵袋(質問文・回答は原文のまま引用。 https://question.realestate.yahoo.co.jp/knowledge/chiebukuro/detail/1032256450/ / https://question.realestate.yahoo.co.jp/knowledge/chiebukuro/detail/14195295949/ )
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