隣が境界の立会いを断った——それで止まるのは、三つのうち一つだけです。残る二つは隣の判がなくても進められて、そのうち法務局に頼むほうの入口は、神戸市のどの区でも4,800円から11,200円の間に収まります。
この記事でわかること
- ✓ 測量のために隣の土地を使う権利は、2023年4月1日から民法209条に書いてある
- ✓ 筆界特定の申請は、土地の名義人が一人で出せる(不動産登記法131条1項)
- ✓ 隣の同意がどうしても要るのは、境界確認書に判をもらうことだけ
7人が答えて、誰も「測れるのか」を言わなかった
Yahoo!知恵袋に、実家の土地を売ろうとした人の相談があります。2023年7月6日の投稿で、回答が7件つきました。
土地の測量拒否についてお願いいたします。実家の土地を売りに出そうと思い隣人に測量の立ち会いを求めましたが拒否されました。どうやら実家の土地が欲しいらしく相場よりかなり安い価格で売ってほしいみたいです。
相続人の我々(息子たち)は勿論安売りしたくないです。
この場合は裁判とかになりますか?
Yahoo!知恵袋 q14282507224(2023年7月6日)
この人は回答者へのお礼のなかで「隣人とは良好な関係だと思っていたのですが……」とも書いています。答えは「どう争うか」に集まりました。7件のうち4件が筆界特定か境界確定訴訟の名前を出し、ベストアンサーは「土地の境界の立ち合いはお互い様であるために拒否されるということ自体、考えられない行為ですね。」と書いたあと、裁判に打って出たいと続け、最後は「費用が問題ですけどね。」で終わります。その費用がいくらなのかを書いた人は、7人に一人もいません。
「立会いを断られたら、測量はもうできない」——そうとは限りません。質問者がそこで止まっているのに、測量そのものができるのかどうかに触れた回答は1件もありませんでした。
読者
立会いを断られたら、測量はできないものじゃないんですか?
そこが入れ替わっています。断られて止まるのは、測量ではなく別のものです。
安売りしたくないなら、断られた理由を考えるより先に、自分の土地がいくらの場所なのかを数字で持っておくほうが早く効きます。
止まるのは三つのうち一つだけ
境界の話は、ひとかたまりに見えて中身が三つに分かれています。隣の同意が要るものと要らないものが混ざっているのです。

隣が握っているのは三番目だけです。買い叩くために判を押さないことはできても、測ることと筆界を決めることは取り上げられません。
「測量のために隣を使える」は2023年4月に書き加わった
この相談が投稿された3か月前、民法209条が書き換わっていました。
土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。
一 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕
二 境界標の調査又は境界に関する測量
民法 第209条第1項
どこが変わったのかは、改正した法律そのものが書いています。
第二百九条の見出しを「(隣地の使用)」に改め、同条第一項中「境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕する」を「次に掲げる目的の」に、「の使用を請求する」を「を使用する」に改め
民法等の一部を改正する法律 第一条
読み替えの指示が、そのまま旧条文の引用になっています。改正前の209条に「測量」という言葉はなく、語尾も「使用を請求する」でした。 お願いする立場から、使える立場に変わったわけです。施行は2023年4月1日です。
読者
勝手に入っていいということですか?
いいえ。目的・日時・場所・方法を先に知らせる決まりがあります(209条3項)。家の中に入るときだけは、住んでいる人の承諾が別に要ります。

申請書に、隣の判を押す欄はない
もう一つの「止まらないもの」が筆界特定です。法務局の筆界特定登記官に、もともとあった境目の位置を決めてもらう手続きで、申請できる人はこう定められています。
土地の所有権登記名義人等は、筆界特定登記官に対し、当該土地とこれに隣接する他の土地との筆界について、筆界特定の申請をすることができる。
不動産登記法 第131条第1項
同意という言葉は出てきません。書けるのに書いていないことは、すぐ下の2項を並べると分かります。市区町村が申請する場合を定めた2項には「所有権登記名義人等のうちいずれかの者の同意を得たとき」と条件が付いています。同じ条文の中で、同意を求める相手と求めない相手が書き分けられています。
立ち会ってもらえなかったらどうなるのかは、東京法務局がQ&Aで答えています。
しかし,仮に相手方が立ち会わなかったとしても,測量又は実地調査を行うことができなくなるものではありません。
東京法務局「筆界特定制度に関する“よくある質問”」Q5
「隣が拒否すれば境界の位置は決まらない」——筆界についてはそうではありません。隣と話し合って決める線ではないからです。法務省はこう書いています。
「筆界」とは,土地が登記された際にその土地の範囲を区画するものとして定められた線であり,所有者同士の合意などによって変更することはできません。
法務省「筆界特定制度」A1
隣が判を押さないから決まらない線と、隣が判を押しても動かない線が、同じ「境界」という言葉で呼ばれています。
神戸市の9区なら、入口は1万円台まで
申請手数料は登記手数料令8条で式が決まっています。二つの土地の価額を足して2で割り、0.05を掛けた額を階段状の表に当てはめる。使う価額は固定資産課税台帳に登録された土地の価格で、納税通知書についてくる課税明細に載っています。
法務省は、二つの土地の価格の合計額が4,000万円である場合の申請手数料を8,000円と例示しています。この式を実装して同じ数字が出ることを確かめたうえで、神戸市の実際の土地に当てはめました。

区ごとの住宅地の1平方メートル単価の中央値に、その区で実際に売れた土地の面積の中央値を掛けると、西区の1,165万円から東灘区の3,570万円まで3.06倍の開きが出ます。それでも手数料は4,800円から11,200円で、差は6,400円しかつきません。表の刻みが上へ行くほど緩くなるからです。
ここで使ったのは時価なので、実際の評価額はこれより低くなります。つまり上の額は上限側で、本当の手数料はこれ以下です
手数料で終わらない。測量費はここから別に出る
ここまでが安い話で、続きがあります。手続きの中で測量が必要になったとき、その費用は申請した人が負担すると不動産登記法146条が定めています。東京法務局は実額をこう書いています。
当局においては,概ね50万円から80万円くらいの間のものが多いところです。
東京法務局「筆界特定制度に関する“よくある質問”」Q2
時間もかかります。東京法務局は標準処理期間を「9か月」と公表していますが、この期間は法務局ごとに決められていて、神戸地方法務局の「境界問題でお困りの方へ」は4行の案内だけで期間も手数料も載っていません。神戸で何か月かかるかは、公表されていない以上ここには書けません。
決着そのものも軽く見ておくほうが安全です。筆界特定のあとでも裁判は起こせて、判決が出ればその範囲で筆界特定は効力を失います(不動産登記法148条)。所有権がどこまであるかを決める手続きでもありません。
売り方を変える道もあります。登記簿の面積で売る公簿売買なら、面積の増減でお互いに請求しない条件を付けて進められます。知恵袋の回答にも「測量を必ずしなければいけないといったわけではなく、公簿面積での売却も可能です。」と書いた人がいました。
断られた日から、順番にやること
- 家と法務局で紙を探す。地積測量図、昔の実測図、確定測量図、隣との覚書。古い図面でも位置の主張の材料になります
- 敷地の四隅を自分で見て、境界標があるか写真に残す
- 測量を頼んだ土地家屋調査士に、民法209条の通知を出して進められる範囲を確認する
- 課税明細で自分の土地の評価額を確かめ、上の早見表で手数料を引く
- 筆界特定と公簿売買のどちらで売るかを決めてから、隣にもう一度伝える。順番が逆だと、待つあいだの主導権が相手に残ります
読者
結局、裁判になるんでしょうか?
その前に段が一つあります。法務省も「裁判よりも迅速にトラブルを解決することができ,費用負担も少なくてすみます。」と書いています。
私はこう見ています
私は、この相談で本当に人質に取られているのは境界ではなく時間だと考えています。隣が土地を欲しがっていて安く買いたいなら、決着を遅らせるほど有利になります。売り出しが長引くほど、売る側は値を下げたくなるからです。
だから怒って裁判の話から入ると、相手の思うつぼになりやすいと見ています。境界確定訴訟は年単位ですが、待っているあいだ隣は何も失いません。測量を止めずに進めて筆界特定を申請すれば、待たせる側が入れ替わります。
もう一つ気になるのは、法務省のQ&Aが全10問あるのに、隣が立ち会わなかったらどうなるのか、という問いを載せていないことです。答えは東京法務局のページにだけあります。7人の回答者が誰も測量の可否を言わなかったのは、その人たちが不親切だったからではなく、この問いに正面から答えた公式の文が見つけにくいからだと考えています。
よくある質問
隣が立ち会わないと、測量そのものができませんか
できます。民法209条1項2号が「境界標の調査又は境界に関する測量」を隣地を使ってよい目的として挙げています。ただし目的・日時・場所・方法をあらかじめ知らせることが必要で(3項)、家の中に立ち入るときはその居住者の承諾が要ります。
筆界特定を申請すると、隣の同意書が要りますか
要りません。不動産登記法131条1項は、土地の所有権登記名義人等が申請できると定めるだけです。共有の土地でも、共有者の一人から単独で申請できると東京法務局が書いています。
筆界特定をすれば、売るときの境界確認書の代わりになりますか
なりません。筆界特定は、所有権がどこまであるかを特定する手続きではないと法務省が明記しています。買主が確定測量図を求めるなら、別に用意することになります。
出典と集計条件
- 民法209条・不動産登記法123条1号/131条/148条・登記手数料令8条: e-Gov法令検索(2026年9月14日取得)
- 改正の内容: 衆議院「民法等の一部を改正する法律」法律第二十四号(令和3年4月28日)。施行日は法務省「民法等一部改正法・相続土地国庫帰属法の概要」(令和8年9月7日更新)
- 筆界の定義・手数料の例・裁判との比較: 法務省「筆界特定制度」
- 立会い・測量費・標準処理期間: 東京法務局「筆界特定制度に関する“よくある質問”」(2015年12月21日更新)。いずれも東京法務局の数字
- 神戸の案内: 神戸地方法務局「境界問題でお困りの方へ」(2018年12月5日更新)
- 土地の値段と面積: 国土数値情報 地価公示(令和8年・兵庫県)の神戸市9区の住宅地280地点の現在価格の中央値と、国土交通省 不動産情報ライブラリ 2026年第1四半期の同9区・宅地(土地と建物)・住宅地1,655件の土地面積の中央値
- 手数料は登記手数料令8条の表を実装して算出。法務省が示す例(合計4,000万円→8,000円)と一致することを確認
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