MENU
お役立ち記事
【近日公開】AIが物件資料からSUUMO・at homeの入稿文を作成「入稿メイト」|先行登録受付中(無料)

近畿の旧国名15国は今のどの県?播磨・但馬・丹波の対応表と兵庫が5国からできた理由

但馬牛、丹波黒豆、播州織、淡路たまねぎ。名乗っている地名はばらばらですが、産地はぜんぶ兵庫県です。兵庫県が5つの国を寄せ集めてできた県だからで、県内に住んでいる人でも「丹波と丹後はどう違うのか」と聞かれると答えに詰まります。近畿には全部で15の国があり、その境目は今の府県境とかなりずれています。まず15国と今の2府5県の対応をまとめました。

先に結論|近畿の旧国名15国は今のどの府県か

旧国名(読み) 今の府県 名前が残る地名・特産
近江(おうみ) 滋賀県の全域 近江八幡市、近江牛、江州音頭
山城(やましろ) 京都府の南部(京都市・宇治・京田辺など) 山城地域、山城多賀駅
丹波(たんば) 京都府の中部+兵庫県の東部 京丹波町、丹波市、丹波篠山市、丹波黒
丹後(たんご) 京都府の北部(宮津・舞鶴・京丹後) 丹後ちりめん、天橋立、京丹後市
摂津(せっつ) 大阪府の北・中部+兵庫県の南東部 摂津市、北摂、摂津本山駅
河内(かわち) 大阪府の東部 河内長野市、河内音頭
和泉(いずみ) 大阪府の南西部(堺より南) 和泉市、泉州タオル、泉佐野
播磨(はりま) 兵庫県の南西部(姫路・明石・加古川ほか) 播磨町、播州織、播州そうめん
但馬(たじま) 兵庫県の北部(豊岡・養父・朝来ほか) 但馬牛、但馬空港、播但線
淡路(あわじ) 兵庫県の淡路島 淡路市、淡路たまねぎ
大和(やまと) 奈良県の全域 大和高田市、大和郡山市、大和路線
紀伊(きい) 和歌山県の全域+三重県の南部 紀州梅、紀州備長炭、紀勢本線
伊賀(いが) 三重県の西部(伊賀・名張) 伊賀市、伊賀焼
伊勢(いせ) 三重県の中部・北部(津・四日市・松阪ほか) 伊勢市、伊勢湾、松阪牛
志摩(しま) 三重県の志摩半島(志摩市・鳥羽市) 志摩市、英虞湾

※ この記事は、三重県を含む2府5県(滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山・三重)を近畿として15国を数えています。「近畿」の範囲は法律でひとつに決まっておらず、数え方によって12国にも17国にもなります。理由と数え直し方は本文で説明します。

目次

なぜ15の国が2府5県になったのか

国が15、今の府県が7つ。数が合わないのは、明治の府県が令制国の境目を引き継がなかったからです。兵庫県が公開している「県域の変遷」を読むと、その乱暴さがそのまま書かれています。1871年(明治4年)7月の廃藩置県で、今の兵庫県域だけで30以上の県ができました。江戸時代の藩をそのまま県に置き換えたので、飛び地だらけの県が大量に生まれたわけです。

同じ年の11月に全面改正が入り、今の兵庫県域は4つの県に整理されます。兵庫県、飾磨県(播磨全域)、豊岡県(但馬全域・丹後全域・丹波3郡)、名東県(阿波および淡路全域)。ここで見落とせないのが後ろの2つです。丹後は但馬と同じ県、淡路は徳島(阿波)と同じ県でした。淡路島は一時期、兵庫県ではなく徳島側の行政区画に入っていたことになります。

大阪府も同じで、摂津・河内・和泉の3国からできています。摂津国は府県境を越えて神戸・尼崎・西宮まで伸びていました。大阪側の3国がどこからどこまでだったかは和泉=堺より南、河内=東部、摂津=北部|大阪の旧国名にまとめてあります。

境目を決めたのは歴史ではなく、神戸港の都合だった

兵庫県がほぼ今の形になったのは1876年(明治9年)8月です。飾磨県と、豊岡・名東両県の一部が兵庫県に併合されました。県のページはこの拡大について、但馬出身の櫻井勉が大久保利通の指示で、開港場である兵庫県の充実を考慮して構想したものだと説明しています。

つまり、播磨も但馬も淡路も、歴史的なまとまりがあったから同じ県になったのではありません。開いたばかりの神戸港に、どれだけの後背地をぶら下げるかという政策判断で線が引かれました。兵庫県の形が「南は瀬戸内、北は日本海、東は京都府境、南は淡路島」という不思議な縦長になっているのは、この一回の判断の結果です。

京都府は最初、山城国だけの府だった

京都府も同じ時期に形が変わっています。京都府が子ども向けに公開しているページには、こう書かれています。京都府が誕生したのは1868年(慶応4年)で、そのときはまだ山城の国だけ。1871年(明治4年)の廃藩置県で、山城の国全部と丹波の桑田・船井・何鹿の三郡になり、1876年(明治9年)に丹後五郡と丹波の国天田郡が併合されて今の京都府になった、と。

兵庫県の県域が確定したのも明治9年です。同じ年に豊岡県が解体され、但馬は兵庫県へ、丹後は京都府へと引き裂かれました。丹波国は6つの郡でできていましたが、京都府が挙げている桑田・船井・何鹿・天田の4郡が京都側に残り、残りは兵庫側へ。今の丹波市・丹波篠山市が兵庫県にあり、京丹波町が京都府にあるのは、この分割がそのまま地名になったからです。

奈良県は11年間、地図から消えていた

奈良県が公開している沿革の資料には、もっと極端なことが書いてあります。明治4年の廃藩置県で奈良県は大和国一円を所管したものの、明治9年に堺県と合併、明治14年に大阪府へ編入され、明治20年に大阪府から独立した、と。

読み替えると、大和国=奈良県は1876年から1887年までの11年間、県として存在せず大阪府の一部でした。今なら「奈良県が無くなって大阪府になります」と言われるようなものです。近畿の府県境は、こういう再編を何度も通過したあとの形をしています。

🙋
💬 Aさん「兵庫県って、なんで但馬牛と丹波黒豆と淡路たまねぎが全部あるの?産地の名前が県名とぜんぜん違うんだけど」
🏠
💬 Bさん「兵庫県は5つの国をくっつけて作った県だからね。県ができる前から、国の名前のほうがブランドになってた」

播磨・但馬・丹波・丹後、兵庫県はなぜ5つの国の寄せ集めなのか

兵庫県は、自分でそう名乗っています。県が制作した「ふるさとひょうご五国物語」の紹介文には、兵庫県は「摂津・播磨・但馬・丹波・淡路という歴史も風土も異なる個性豊かな五国からできています」とあります。役所の言い回しで「歴史も風土も異なる」と書くのは、かなり率直な自己紹介です。

兵庫県の五国は今のどこか(北から南へ)

① 但馬(北部・日本海側)

豊岡・養父・朝来・香美・新温泉。但馬牛と城崎温泉の一帯。

② 丹波(東部・内陸)

丹波市・丹波篠山市。京都府の丹波と地続きで、国としては同じ丹波国。

③ 摂津(南東部・大阪寄り)

神戸市の大半・尼崎・西宮・芦屋・宝塚・伊丹・川西・三田。大阪府へ続く。

④ 播磨(南西部・瀬戸内側)

姫路・明石・加古川・高砂・赤穂・たつの・三木・小野。神戸市の西区と垂水区も。

⑤ 淡路(淡路島)

洲本・南あわじ・淡路市。明治4年の時点では徳島(阿波)と同じ名東県だった。

律令制の区分でいうと、この5国は4つのブロックにまたがります。摂津は都と同じ畿内、播磨は山陽道、但馬と丹波は山陰道、淡路は南海道。ひとつの県のなかに、都の内側と、瀬戸内と、日本海と、島が同居している。これが「寄せ集め」の実体です。

神戸市の中で、摂津と播磨が入れ替わる

ここからは地元の話です。神戸市西区が公開している「西区の歴史 古代」に、こう書かれています。西区の地域と今の垂水区に、ほぼ明石全域を併せた地域が播磨国明石郡とされた、と。当時の明石郡には葛江・明石・住吉・神戸・邑美・垂見といった里があったことも記されています。「垂見」が今の垂水です。

つまり神戸市のなかで、西区と垂水区だけが播磨国。残りの区は摂津国です。市の境ではなく、市の内側で国が入れ替わっている。神戸で生まれ育っても、これを知っている人はそれほど多くありません。

同じページには、大化改新で「赤石の櫛淵が畿内の西限とされ」たという記述もあります。赤石は明石のこと。都の内側を意味する畿内の、西の端が明石でした。近畿という言葉のもとになった「畿」の境界線が、神戸市の西側を通っていたわけです。

ただし、摂津と播磨の境が具体的にどの川・どの尾根だったかまでは、市が公開している資料では特定されていません。「◯◯より西が播磨」という線引きをよく見かけますが、ここでは断定を避けます。公式資料から確実に言えるのは、西区と垂水区が播磨国明石郡だったという一点です。

🙋
💬 Aさん「神戸市の中で国が変わるって、住んでる人にとって意味あるの?」
🏠
💬 Bさん「西区と垂水区は、明石市と同じ明石郡だったんだよ。今も垂水から明石は電車ですぐでしょ。市は違うのに生活圏がつながって見えるのは、もとが同じひとまとまりだったから」

丹波と丹後、どっちがどっち

近畿でいちばん間違えられるペアです。見分け方はひとつで足ります。日本海が見えるのが丹後、見えないのが丹波。丹後は京都府の北部で、宮津・舞鶴・京丹後。天橋立と丹後ちりめんの土地です。丹波は内陸で、京都府の京丹波町・南丹市あたりと、兵庫県の丹波市・丹波篠山市。丹波黒や丹波栗はこちらです。

もうひとつの違いは、またがっている府県の数です。丹後は京都府だけで完結していますが、丹波は京都府と兵庫県の2府県に割れています。京都府の公式ページが明治9年の併合を「丹後五郡と丹波の国天田郡」と書いているとおり、丹後は5郡、丹波は6郡。小さいほうが丹後で、そのまま京都府に収まりました。

「丹」の字が共通しているのは、もともと丹波国から北部を分けて丹後国が置かれたためです。後ろ、つまり都から遠いほうが丹後。この「後=遠い」という命名の考え方は、越前・越中・越後や、備前・備中・備後と同じルールです。

山城と大和、どっちが京都でどっちが奈良

こちらは丹波・丹後よりずっと単純です。山城が京都府の南部、大和が奈良県。しかも、この2国の境目は今の京都府と奈良県の府県境とほぼ一致しています。丹波が2府県に割れたのとは対照的に、山城と大和はきれいに1府県ずつに収まりました。

覚え方としては、奈良県が大和国と1対1で対応していることを先に固定するのが早道です。奈良県=大和国。それ以外の「京都府側」が山城。京都市も宇治も京田辺も山城国です。なお京都府の丹波・丹後は山城ではないので、「京都府=山城」と丸ごと覚えると北部で外します。

山城はかつて「山背」とも書かれました。奈良の都から見て山の向こう側を指したという説明が広く知られていますが、由来には諸説があるため、ここでは断定しません。

Amazonで地名の由来・旧国名の本を探す

三重県を入れるかで、近畿は12国にも17国にもなる

「近畿の旧国名はいくつ?」という問いに一発で答えられないのは、近畿の範囲が法律でひとつに決まっていないからです。三重県は公式サイトで、自県について「中部圏にも近畿圏にも属している」と説明しています。地域区分は法律で一律に定められておらず、歴史・地理・経済などの事情で変わる、というのが県自身の説明です。

実際、三重県は近畿圏整備法(昭和38年)では「近畿圏」に、中部圏開発整備法(昭和41年)では「中部圏」に指定され、国土形成計画法では「中部圏」として扱われています。ひとつの県が、法律ごとに別の地方に入れられている状態です。

国の出先機関でも割れています。経済産業省の近畿経済産業局の管轄は「近畿地域2府5県(福井県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)」で、福井県が入っている代わりに三重県が入りません。一方、国土交通省の近畿圏広域地方計画は滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県の2府4県を対象にしています。同じ「近畿」という言葉が、国の中で少なくとも3通りに使われています。

数え直し方

近畿の範囲 国の数 増える国
2府4県(三重も福井も入れない) 12国
2府5県(三重県を入れる) 15国 伊賀・伊勢・志摩
2府6県(三重県と福井県を入れる) 17国 +若狭・越前

この記事が15国を採ったのは、読者が「近畿」と聞いて思い浮かべる範囲に合わせるためです。三重県自身が、明治期の教科書で伊賀・伊勢・志摩・紀伊が近畿に含められ、それが現在の地理教科書に引き継がれたと説明しています。学校で習う地方区分では三重県は近畿地方に入る。ここに合わせておくのがいちばん実用的だと考えました。律令の時代も、伊賀・伊勢・志摩は東海道、紀伊は南海道に属しながら、4国とも都に近い「近国」に含まれていたと県は説明しています。

滋賀・和歌山・三重の旧国名|近江・紀伊・伊勢はどこか

15国のうち、今の府県とほとんどずれていない国もあります。ずれた国とずれなかった国を分けて覚えると頭に入りやすくなります。

近江=滋賀県の全域

滋賀県は近江国だけでできています。滋賀県の公文書館が公開している年表では、1872年(明治5年)1月19日に大津県を滋賀県と改称し、同年9月28日に全域が滋賀県の管轄になったと記録されています。琵琶湖を四方の山が囲む地形で国の輪郭がはっきりしていたため、線を引き直す必要がなかったのだと私は見ています。「近江牛」「江州音頭」の江州は近江の別名で、滋賀県の産物なのに「滋賀◯◯」という商品名をあまり見かけないのは、国名のほうがずっと先にブランドになっていたからです。

紀伊=和歌山県の全域+三重県の南部

紀伊国だけは2県にまたがっています。和歌山県が公開している資料によると、明治2年に紀州藩が和歌山藩・田辺藩・新宮藩の3藩に分けられ、明治4年の廃藩置県でこの3県と五條県の旧高野山領が統合されて和歌山県が誕生しました。県の誕生日は明治4年11月22日です。

一方、紀伊国の東側は三重県に入りました。三重県は県の資料で自県を「伊勢、伊賀、志摩の3国及び紀伊国」からなると説明しています。津・四日市・松阪が伊勢、伊賀市と名張が伊賀、志摩半島が志摩、そして尾鷲や熊野のあたりが紀伊国側です。紀勢本線が和歌山県と三重県をつないでいるのは、この2県がもとは同じ紀伊国だったからです。「紀州」を名乗る特産品が2つの県にまたがっている理由も同じです。

「但馬牛」「近江牛」「紀州」…近畿の旧国名は商品名として生きている

関東の旧国名は、総武線・常磐線・両毛線のように鉄道の路線名として残りました。近畿はそこが違います。近畿の旧国名は、まず特産品のブランド名として残りました。

ブランド・地名 元になった旧国名
但馬牛 但馬(兵庫県北部)
近江牛・江州音頭 近江(滋賀県)
播州織・播州そうめん 播磨(兵庫県南西部)
丹波黒・丹波栗 丹波(京都府中部+兵庫県東部)
丹後ちりめん 丹後(京都府北部)
紀州梅・紀州備長炭 紀伊(和歌山県+三重県南部)
泉州タオル・泉州水なす 和泉(大阪府南西部)
河内音頭 河内(大阪府東部)
播但線・大和路線・紀勢本線 播磨+但馬/大和/紀伊

私は、関東の旧国名が路線名として残り、近畿の旧国名が商品名として残ったのは、近畿のほうが国ごとの産業の違いが大きかったからだと考えています。但馬は牛、丹後は絹、播磨は綿と塩、淡路は野菜、紀伊は炭と梅。府県がひとつにまとめられても、産地の看板までは統合できませんでした。

裏を返せば、旧国名を覚えておくと産地がわかります。「但馬」なら兵庫県の北、「泉州」なら大阪府の南、「紀州」なら和歌山県か三重県南部。産地表示の1行で、地図のどこから来たものか見当がつきます。

よくある質問

近畿の旧国名はいくつありますか?

三重県を含む2府5県で数えると15国です。山城・大和・河内・和泉・摂津の畿内5国に、近江・丹波・丹後・但馬・播磨・淡路・紀伊・伊賀・伊勢・志摩を加えた数になります。三重県を外して2府4県で数えると12国、福井県まで入れると若狭・越前が加わって17国です。近畿の範囲は法律で一律に決まっていないため、数え方が複数あります。

播磨はどこですか?

兵庫県の南西部です。姫路・明石・加古川・高砂・赤穂・たつの・三木・小野などが入り、さらに神戸市の西区と垂水区も播磨国でした。神戸市公式の西区の歴史によれば、西区と垂水区に明石全域を併せた地域が播磨国明石郡とされていました。

但馬はどこですか?

兵庫県の北部、日本海側です。豊岡・養父・朝来・香美・新温泉が但馬にあたります。明治4年11月の時点では但馬全域が豊岡県に属しており、このとき丹後や丹波の一部と同じ県でした。兵庫県に編入されたのは明治9年です。

丹波と丹後の違いは何ですか?

丹後は京都府北部の日本海に面した地域(宮津・舞鶴・京丹後)、丹波は内陸で京都府中部と兵庫県東部にまたがる地域です。海があるほうが丹後、と覚えると取り違えません。丹波だけが今も2つの府県に分かれています。

兵庫県の旧国名は何ですか?

摂津・播磨・但馬・丹波・淡路の5つです。兵庫県自身が「五国」と呼んでおり、県の紹介文でも「歴史も風土も異なる個性豊かな五国からできています」と説明されています。

三重県は近畿ですか、東海ですか?

どちらの扱いもあります。三重県公式サイトは「中部圏にも近畿圏にも属している」と説明しており、近畿圏整備法では近畿圏、中部圏開発整備法と国土形成計画法では中部圏に指定されています。学校の地理で習う7地方区分では、三重県は近畿地方に入ります。

まとめ

1. 近畿には15の国があった(三重県を含む2府5県で数えた場合)。三重を外すと12国、福井を入れると17国になる

2. 兵庫県は摂津・播磨・但馬・丹波・淡路の5国の寄せ集め。境目を決めたのは歴史ではなく、開港場だった神戸港にどれだけ後背地をつけるかという明治9年の政策判断だった

3. 丹波と丹後は「海が見えるほうが丹後」。神戸市は西区と垂水区だけが播磨国で、市の内側で国が入れ替わる

但馬牛も丹波黒も紀州梅も、府県名ではなく国名を名乗り続けています。産地表示を読むときに旧国名が頭に入っていると、その食材が地図のどこから来たのかが一目でわかります。他の地方の旧国名もあわせてどうぞ。

👉 関東の旧国名8つは今のどの県?武蔵・相模・上総・下総の対応表

👉 九州の旧国名9つ一覧|筑前・肥後・豊後は今のどの県

出典:兵庫県「県域の変遷」(明治4年7月の廃藩置県で県域に30以上の県/同年11月に兵庫・飾磨・豊岡・名東の4県へ再編/明治9年8月に飾磨県と豊岡・名東両県の一部を併合しほぼ現在の県域が確定/櫻井勉と大久保利通による構想)/兵庫県「『ふるさとひょうご五国物語』を制作しました」(摂津・播磨・但馬・丹波・淡路の五国)/神戸市「西区の歴史 古代」(西区と垂水区に明石全域を併せた地域が播磨国明石郡/赤石の櫛淵が畿内の西限)/京都府「京都府はいつからあるの?」(慶応4年は山城の国だけ/明治9年に丹後五郡と丹波の国天田郡を併合)/奈良県公式サイト掲載の沿革資料(明治9年堺県と合併/明治14年大阪府に編入/明治20年独立)/滋賀県公文書館の年表(明治5年1月19日に大津県を滋賀県と改称/同年9月28日に全域が滋賀県の管轄)/和歌山県「県民の友」ほか(明治4年11月22日に和歌山県誕生)/三重県「広域連携」(中部圏にも近畿圏にも属する/近畿圏整備法・中部圏開発整備法・国土形成計画法での指定/4国とも近国/明治期の教科書が現在の地理教科書に引き継がれた)/三重県の地勢資料(伊勢、伊賀、志摩の3国及び紀伊国)/近畿経済産業局(近畿地域2府5県=福井・滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山)/国土交通省 近畿圏広域地方計画(滋賀・京都・大阪・兵庫・奈良・和歌山)。五畿七道の所属は律令制の区分によります。山城国の名の由来には諸説あり、本文では断定していません。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ハウスメーカー2社で営業職を経験し、不動産・建築の基礎を習得。
その後、地域密着型の不動産会社にて営業事務として勤務し、
契約書作成、ポータルサイト管理、物件情報の入力・更新など、
実務全般に携わってきました。

特に、ポータルサイトを「より魅力的に見せる工夫」や、
反響につながる「分かりやすい間取り図作成」を得意としています。
自分が関わった物件に反響があった時の喜びが、今の原動力です。

現在は子育てのため一線を退いていますが、
これまでの実務経験を活かし、
フリーランスとして不動産会社様向けの
バックオフィスサポート業務を開始しました。

現場目線を大切にしながら、
「早く・正確に・伝わる」業務サポートを心がけています。

コメント

コメントする

目次