音信不通の兄弟がいる相続で話し合いができないときは、家庭裁判所に遺産分割の調停を出すことになりますが、出す先は親の家がある町ではなく、相手がいま住んでいる町の家庭裁判所です。そこでもまとまらずに裁判官が分け方を決め、家を売って分ける形になると、神戸市で「調停・競売等」と記録された家の取引は、同じ区・同じ年代の家の相場の77%(中央値)でした。
この記事でわかること
- ✓ 相手の住所は戸籍の附票でたどれる。ただし兄弟は理由を示して本籍地の役所に出す必要があり、2024年からの広域交付は使えない
- ✓ 調停の申立先は相手の住所地の家庭裁判所。まとまらなければ親の最後の住所地の家庭裁判所で審判に移る
- ✓ 相手が何も言わなくても、こちらの主張どおりにはならない。審判で決まるのは代償金の支払いか、競売
「このまま弟と連絡が取れないまま」10年音信不通の弟がいる人の相談
Yahoo!知恵袋に、親が亡くなる前から相続を心配している人の相談が出ています。
私は弟と2人兄弟なのですが、その弟とはもう10年は音信不通です。
弟は母親と折り合いが悪く、父親とも連絡を断ちました。
携帯も番号を変えてしまい、仕事も変え、引越しもしていて、どこでどうしているのかわかりません。
両親は80代後半。父は15年ほど前の脳梗塞から寝たきりで施設に、母も認知症で5年前から別の施設にいます。相談者は遠方に住んでいて、実家は「持ち家もずっと誰も住んでいなくて放置状態。」だといいます。
回答は4件つきました。ベストアンサーは「相続を理由に弟さんの戸籍謄本、更に戸籍の附票をすればそこに現住所が掲載されています。」。4件目も「戸籍附票で住民登録地は確認できます。」と、住所の調べ方で答えています。3件目は住所が分かったあとの話まで進んで、裁判所に調停を起こせばよいとしたうえで、こう書きました。
弟が意見を言わないなら、あなたの主張通りに決まるだけですからね。
住所が分かったあとの行き先を書いたのは1人だけで、その結論も条文とは食い違っています。
読者
住所さえ分かれば、あとは手紙を出して判をもらうだけですよね
返事が来れば、それで済みます。この記事は、住所に手紙を出しても返事が来なかったときに、どこへ何を出すのかの話です。
兄弟の住所は戸籍の附票でたどれる。ただし取り方が親子と違う
戸籍の附票は、本籍地の役所が戸籍と一緒に持っている住所の記録です。弟が転居届を出していれば、いまの住所まで載っています。
ただ、兄弟は親子と同じ扱いでは取れません。戸籍法10条1項で戸籍を請求できるのは、その戸籍に載っている本人と配偶者、直系尊属と直系卑属です。兄弟は入っていません。弟が結婚して親の戸籍から抜けていれば、兄が弟の戸籍を取るには10条の2の側に回ります。
自己の権利を行使し、又は自己の義務を履行するために戸籍の記載事項を確認する必要がある場合
相続の手続きがこの理由に当たります。附票も同じ作りで、住民基本台帳法20条1項で当然に取れるのは本人と配偶者と直系だけ。兄弟は3項の申出として、役所が相当と認めたときに交付されます。
もう1つ、2024年3月から始まった広域交付は兄弟には使えません。法務省の案内はこうです。
本籍地以外の市区町村の窓口でも、戸籍証明書・除籍証明書を請求できるようになりました(広域交付)。
請求できるのは本人・配偶者・父母や祖父母・子や孫の分だけで、戸籍法120条の2も対象を10条1項の請求に限っています。親の戸籍は近くの役所でまとめて取れても、弟の戸籍と附票は弟の本籍地の役所に、理由を書いて窓口か郵送で頼むことになります。
附票に載るのは住民票を置いた住所です。回答の1件が「住民登録地」と書いているとおり、住民票を移さずに暮らしていれば、附票の住所に手紙を出しても本人には届きません。
遺産分割調停の申立先は、親の町ではなく相手が住む町
手紙に返事が来なければ、次は遺産分割の調停です。出す先は家事事件手続法245条1項にあります。
家事調停事件は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所の管轄に属する。
音信不通の弟と申立先を合意するのは難しいので、実際には弟が住んでいる町の家庭裁判所です。
検索でも「遺産分割調停 管轄 最後の住所地」と調べる人がいるように、親が最後に住んでいた町の家庭裁判所だと思われがちです。親の住所が出てくるのは、次の段階の審判のほうです。
遺産の分割に関する審判事件は、相続が開始した地を管轄する家庭裁判所の管轄に属する。
相続が始まる場所は、民法883条で「被相続人の住所」と決まっています。つまり調停は相手の町、審判は親の町。たとえば実家が神戸で弟が東京に住んでいるなら、調停は東京の家庭裁判所、そこで不成立になれば審判は神戸の家庭裁判所に移ります。

遠くの家庭裁判所に毎回通うとは限りません。家事事件手続法54条と258条で、裁判所が相当と認めれば調停の期日も電話のような方法で行え、参加した人は出頭したものとみなされます。申立ての費用は、裁判所の案内で「被相続人1人につき収入印紙1200円分」と連絡用の郵便切手です。
相手が何も言わなくても、主張どおりには決まらない
では、弟が調停にまったく出てこなかったらどうなるのか。回答の1件は「あなたの主張通りに決まるだけ」と書いていました。裁判所の案内は、不成立のあとをこう説明しています。
話合いがまとまらず調停が不成立になった場合には自動的に審判手続が開始され,裁判官が,遺産に属する物又は権利の種類及び性質その他一切の事情を考慮して,審判をすることになります。
決めるのは裁判官で、申し立てた側の希望は「一切の事情」の1つにすぎません(家事事件手続法272条4項で、不成立の調停は審判の申立てがあったものとみなされます)。

実家が1軒だけの遺産を兄弟2人で分けるとき、審判で使われる分け方は2つに絞られていきます。1つは、家をもらう人がもう1人に代わりのお金を払う方法です。家事事件手続法195条は、これを「特別の事情があると認めるとき」に認めています。兄が実家をもらうなら、弟の取り分に当たるお金を兄が用意することになります。
もう1つが、家を売ってお金で分ける方法です。
家庭裁判所は、遺産の分割の審判をするため必要があると認めるときは、相続人に対し、遺産の全部又は一部を競売して換価することを命ずることができる。
何も言わない相手がいても、こちらの取り分が増えるわけではありません。減るのは、分け方を自分たちで選べる余地のほうです。
読者
弟が裁判所からの呼び出しを無視し続けたら、話は止まったままですか
止まりません。調停が不成立になれば審判に移って、裁判官が決めます。弟さんが来ないことは、そのまま「話し合いがまとまらない」理由になります。
神戸で裁判所を通った家の取引は、相場の77%
では、家を売って分けることになったら、値段はどうなるのか。国土交通省の不動産取引価格情報には、取引ごとに「調停・競売等」という印が付くものがあります。神戸市9区の2024年10月から2026年3月までの取引で、この印が付いた戸建てとマンションを、同じ区で建築年が前後5年以内の普通の取引と、1平方メートルあたりの値段で比べました。

戸建ては14件で、同じ区・同じ年代の相場に対する比率の中央値は77%。14件中10件が相場を下回り、5件は半値にも届いていません。マンションは14件すべてが相場より安く、中央値は62%でした。垂水区歌敷山の1970年築の家は、敷地700平方メートルで270万円。同じ区・同じ年代の家の1平方メートルあたりの値段の7%です。
「調停・競売等」には、遺産分割以外の調停や競売も入っています。件数も28件と少ないので、「遺産分割で売ると23%安くなる」という意味の数字ではありません。裁判所を通って売られた家がどのあたりの値段に落ち着いたか、の目安です。
それでも28件のうち24件が相場を下回りました。裁判所を通ると、2割から4割安いところで決まる。音信不通の兄弟がいる相続の損は、手間よりも値段に出ます。
附票でも居場所が分からないときは、不在者財産管理人
附票の住所に手紙を出しても戻ってくる、附票の住所がずっと前のまま止まっている。こういうときは、調停を出す相手そのものがいません。そこで使うのが、民法25条の不在者の財産管理です。裁判所の案内はこう始まります。
従来の住所又は居所を去り,容易に戻る見込みのない者(不在者)に財産管理人がいない場合に,家庭裁判所は,申立てにより,
選ばれた管理人は、家庭裁判所の許可を得たうえで、弟の代わりに遺産分割に加わります。申立先は「不在者の従来の住所地又は居所地の家庭裁判所」で、収入印紙は800円分。管理費用や管理人の報酬が足りなそうなら、申し立てた側が予納金を納めることもあります。
逆にいえば、住所が分かっていて返事をしないだけの弟は「不在者」ではありません。音信不通と行方不明は、法律の上では別の扱いです。住所が分かれば調停、分からなければ不在者財産管理人。附票を取った段階で、どちらの道に進むかが決まります。
生死が7年間分からなければ、民法30条の失踪の宣告という道もあります。共有者の所在が分からない不動産の持分を裁判で取得する制度(民法262条の2)は、遺産を分ける前の共有だと相続から10年たたないと使えません。
親が存命のうちにできるのは、遺言だけ
ここまでの手続きは、どれも親が亡くなってから始まります。回答の1件は、両親それぞれに遺言書を書いてもらうことを勧めていました。
「実家は長男に相続させる」のように遺言で実家の行き先が決めてあれば、兄弟で遺産分割の話し合いをしなくても名義を移せます。弟の判は要りません。ただし、弟には遺留分が残ります。民法1042条で、兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分を計算するもとになる財産の2分の1に自分の相続分をかけた割合を遺留分として受け取れます。両親とも亡くなったあとの相続で兄弟2人なら、4分の1です。1046条で、これはお金で請求する形になっています。家そのものを弟と分ける話にはなりません。
問題は、書けるかどうかです。
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
相談者の母は認知症の症状が重いと書かれていて、父は15年寝たきりです。書けるかどうかは本人の状態しだいで、この相談の文面からは判断できません。施設に入った親の家を存命中に売る話は、認知症の親の家を売るときにまとめてあります。
親が亡くなったあとの10年の期限(特別受益や寄与分が使えなくなる)は、遺産分割の10年ルールにまとめてあります。音信不通のまま放っておくと、この期限にも同時に近づきます。
私はこう見ています
回答した4人は、住所をどう調べるかに力を注いでいました。私は、この相談でいちばん効く情報は住所ではなく、親が2人とも存命だという事実のほうだと見ています。
親が亡くなったあとの道は、調停・審判・不在者財産管理人のどれを取っても、弟の町か親の町の家庭裁判所を通ります。家を売ることになれば、神戸の実例では相場の2割から4割安いところで決まっていました。弟の判も裁判所も通らずに実家の行き先を決められるのは、親が存命のうちの遺言だけです。
遺言が書けるかどうかは親の状態で決まり、子が決められることではありません。書けないなら、住所・調停・審判の順番を今のうちに頭に入れておく。それが遠方に住む相談者にできる準備だと考えます。
まとめ
- 兄弟の戸籍と附票は、理由を示して本籍地の役所に出す。2024年からの広域交付は兄弟には使えない
- 遺産分割の調停は、相手が住む町の家庭裁判所に出す。電話で参加できる場合もある
- 不成立になると、親が最後に住んでいた町の家庭裁判所で審判に移る。相手が何も言わなくても主張どおりにはならない
- 審判で決まるのは代償金か競売。神戸で「調停・競売等」と記録された家は、同じ区・同じ年代の相場の77%(マンションは62%)
- 住所が分からなければ不在者財産管理人。親が存命のうちに打てる手は遺言だけ
出典
- 家事事件手続法(平成23年法律第52号)第54条・第191条・第194条・第195条・第245条・第258条・第272条(e-Gov法令検索の法令APIで全文を取得)
- 民法(明治29年法律第89号)第25条・第30条・第262条の2・第883条・第963条・第1042条・第1046条
- 戸籍法(昭和22年法律第224号)第10条・第10条の2・第120条の2、住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)第20条
- 裁判所「遺産分割調停」「不在者財産管理人選任」
- 法務省「戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)」
- 国土交通省「不動産取引価格情報」神戸市9区(2024年第4四半期〜2026年第1四半期)。備考に「調停・競売等」とある取引を、同じ区で建築年が前後5年以内の通常取引(調停・競売等と関係者間取引を除く)の1平方メートルあたり中央値と比べて当サイトで集計。敷地1,000平方メートル以上と、比べる相手が5件未満の取引は除いた
- 引用した相談は Yahoo!知恵袋「音信不通の兄弟がいる場合、親の死後、相続の時にどうすればいいのですか?」(回答4件)
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