実家の名義を親のままにして「母が亡くなってから考える」と決めた家には、決めた時点で期限の日付が1つ生まれます。父が亡くなった日から10年を過ぎると、介護をした人の取り分を増やす条文も、生前にもらった人の取り分を減らす条文も、家庭裁判所では使えなくなるからです。
ただし、その2つが実際に結論を動かした事件は、2025年に家庭裁判所で決着した遺産分割8,399件のうち561件と119件でした。期限で失うものは、多くの家が身構えているより小さい。そのかわり、待っているあいだに確実に増えるものがあります。
この記事でわかること
- ✓ 10年を過ぎても遺産分割はできる。できなくなるのは特別受益と寄与分の2つだけ
- ✓ 10年の時計を止められるのは家庭裁判所への申立てだけで、協議書に判をもらっても止まらない
- ✓ 2018年春より前に亡くなった人の分は、2028年3月31日が壁になる
「母が亡くなるまで放置」と書いた人に、3人が触れなかったこと
2024年6月、Yahoo!知恵袋に実家の処分をめぐる相談が出ています。
父が六年前に亡くなりましたが、めぼしい遺産は家しかなく、名義変更することなく母が住み続けております。
相談者は一人っ子ですが、父の前妻との子が3人います。処分のしかたを自分で2つに整理して、どちらがもめにくいかを聞いていました。1つは、いま評価額をもとに異母きょうだいへ8分の1にあたる額を渡し、協議書に判をもらって母の名義にする案。もう1つがこれです。
②母が亡くなるまで放置し、亡くなったら不動産を売却する前提で異母兄弟たちと共有名義の相続登記をして、売却したお金を等分する。
回答は3件つきました。ベストアンサーは同じ経験をしたという人で、「理想は①が良いと思います。」と書いています。残り2件は文体から生成AIの回答とみられ、うち1件は②をこう説明していました。
②の場合、母が亡くなるまで待つことで、現在の評価額に縛られず、売却時の市場価格で分割できます。
3人とも、待つことの損得を値段の話としてだけ語っています。相談者が自分で「放置」と書いた行為に時計が付いていることは、誰も1文字も書いていません。
読者
名義を変えないで置いておくのに、期限なんてあるんですか
分けること自体に期限はありません。期限が付いたのは分け方の物差しのほうです。2023年4月に条文が1つ増えました。
なお相談者の「8分の1」は正しい計算です。母が2分の1、残りを子4人で分けるので8分の1ずつになります。民法900条4号の本文はこうです。
子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいものとする。
同じ号のただし書には、父母の一方だけが同じきょうだいの取り分を半分にする定めがあります。ただしそれは、きょうだいが相続人になる場面の規定です。今回のように全員が父の子として相続するときには働きません。民法の本則1,173か条を機械で数えると、「異母」という語は1回も出てきませんでした。
10年で外れるのは3つの条文。実際に効いたのは6.7%と1.4%
2023年4月1日から、民法904条の3が動いています。
前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。
「前三条」は903条・904条・904条の2の3か条です。中身を並べるとこうなります。

消えるのは、この3つを持ち出す権利です。読み替えると、10年を過ぎた遺産分割は法定相続分だけで割ることになります。相談者の例なら、母が2分の1、子4人が8分の1ずつ。それ以上でもそれ以下でもありません。
では、その3つはふだんどれくらい効いているのか。最高裁判所が毎年出している司法統計年報に、そのものの表があります。2025年に家庭裁判所で認容または調停成立となった遺産分割は8,399件。そのうち特別受益が考慮されたのは561件で6.7%、寄与分が定められたのは119件で1.4%でした。
寄与分の119件は中身も出ています。寄与者の内訳は子が97件と8割を占め、定まった額が遺産の10%以下だったものが43件ありました。親の面倒を見た子が家庭裁判所で取り分を増やしてもらえた件数は、全国で年間100件ほどという規模感です。
この6.7%と1.4%は、家庭裁判所で決着した事件の中での割合です。話し合いだけでまとまった家は統計に入っていないので、世の中の遺産分割全体の比率ではありません。

時計を止めるのは協議書ではなく、家庭裁判所への申立て
904条の3にはただし書があり、2つの例外が並んでいます。1つ目がこれです。
相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
ここが、この条文でいちばん読み違えられるところだと思います。止まるのは家庭裁判所に請求したときで、当事者どうしの話し合いは出てきません。
条文の語を数えると、その差がはっきりします。遺産分割そのものを定めた907条1項には「協議」が4回、寄与分の904条の2には3回出てきます。ところが時計を止める904条の3には「協議」が1回も出てこず、かわりに「家庭裁判所」が2回置かれています。
しかも907条1項は、分けること自体はいつでもできると書いています。
いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
分けるのはいつでもできる。止められるのは家裁に出したときだけ。この2つが同じ法律の中に並んでいます。きょうだいに内容証明を送っても、協議書の案を回しても、10年の期限は動きません。
期限そのものは、亡くなった時期で2通りに分かれます。
| 父や母が亡くなった時期 | 物差しが変わる日 |
|---|---|
| 2018年4月1日ごろより後 | 亡くなった日から10年 |
| それより前 | 2028年(令和10年)3月31日 |
法務省のパンフレットは猶予期間をこう書いています。
令和5年4月1日の時点で、既に相続開始から5年を超える期間が経過していた場合、令和10年3月31日までの間は、具体的相続分による遺産分割をすることができるよう、猶予期間が設けられています。
そして同じページに、見落とされがちな一文があります。
なお、10年経過後も、相続人全員が合意をすれば、具体的相続分による遺産分割をすることは可能です。
つまり10年で消えるのは、相手が嫌がっても家庭裁判所で押し通す力のほうです。全員が納得しているなら、11年目でも介護した人に多く渡す分け方はできます。逆にいえば、話がついていない家ほど期限が重くのしかかります。

10年で確実に増えるのは、判を押す人の数
法務省がこの改正の理由として挙げたのは、期限そのものではありませんでした。
相続開始後遺産分割がないまま長期間が経過すると、生前贈与や寄与分に関する書証等が散逸し、関係者の記憶も薄れる。
書類と記憶が薄れるあいだに、逆に増えるものがあります。分ける相手の数です。同じ司法統計で、終局した遺産分割16,423件を当事者の数で分け、話し合い(調停成立)で終わった割合を出しました。

当事者2人なら56.2%が話し合いで決着します。10人を超えると4.3%。13倍の差です。かわりに10人超の事件では78.7%が「調停に代わる審判」で終わっていました。家族が決めるのではなく、裁判官が決める形です。
相談者の②は、母が亡くなるのを待つ案でした。待つということは、父の相続を放置したまま母の相続をもう1つ重ねるということです。異母きょうだいの誰かが先に亡くなれば、その配偶者や子が代わりに当事者として入ってきます。会ったことのない人に判をもらう側に回るわけです。
読者
うちは4人だから、まだ大丈夫ということですか
いまは4人でも、10年のあいだに増える向きにしか動きません。人数が減る出来事は、相続では起きないんです。
神戸で10年待つと、土地は区で23倍ちがった
残るのは値段の話です。「待ったほうが高く売れる」は本当なのか。神戸市の住宅地で、地価公示に2016年と2026年の両方の価格が載っている251地点を取り出し、10年でどう動いたかを区ごとに測りました。

上がった地点は180で71.7%、市全体の中央値は+9.2%でした。ただし区ごとに見ると、灘区の+42.2%に対して北区は+1.8%で、同じ市内で23倍の開きがあります。下がった地点も69ありました。いちばん下げた長田区の1地点は−31.2%です。
この差が、相談者の①と②の損得をそのまま決めます。①でいま8分の1を渡して買い取れば、その後の値上がりは買い取った側に残ります。②で母の死後に売って等分すれば、値上がりも4人で割ることになる。灘区の家なら①が有利で、値下がりした地点の家なら②のほうが結果的に軽い。どちらが得かは市では決まらず、その1地点で決まります。
相談者は地域を書いていません。ここに出した神戸の数字は、同じ物差しを当てるとこう見えるという置き換えで、その家の査定額ではありません。
私はこう見ています
10年ルールを説明する記事の多くは、特別受益と寄与分が使えなくなることを警告して終わります。私は、この改正のいちばんの効き目はそこではないと見ています。効いているのは、先に家庭裁判所へ出した人が有利になると法律が書いたことのほうです。
法務省の資料も、狙いを「具体的相続分による分割を求める相続人に早期の遺産分割請求を促す効果を期待」と書いています。取り分を増やしてほしい側が動かないかぎり、時計は止まりません。待っていれば自分の言い分が守られるという状態が、2023年4月に終わったということだと考えます。
そのうえで、6.7%と1.4%という数字は軽く見ないほうがいいと思います。低いのは、多くの家が法定相続分で折り合っているからです。介護や生前の援助を分け方に反映してほしい家にとっては、その1割弱に入れるかどうかが全部になります。入りたいなら、期限の前に申し立てるしかありません。
まとめ
- 10年を過ぎても遺産分割はできる。できなくなるのは特別受益・贈与の価額・寄与分の3か条を持ち出すことだけ
- 時計を止められるのは家庭裁判所への申立てだけで、協議書も内容証明も止めない
- 2023年4月1日の時点で相続から5年を超えて経っていた家は、2028年3月31日が期限
- 10年経っても、相続人全員が合意すれば元の分け方はできる。消えるのは押し通す力のほう
- 待つあいだに増えるのは当事者の数。2人なら56.2%が話し合いで終わるのに、10人を超えると4.3%
出典
- 民法(明治29年法律第89号)第900条・第903条・第904条・第904条の2・第904条の3・第907条、および民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号)附則第3条(e-Gov法令検索の法令APIで全文を取得)
- 法務省「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法制定」(PDF)15ページ「遺産分割に関する新たなルールの導入」
- 法務省「具体的相続分による遺産分割の時的限界」(PDF)
- 最高裁判所事務総局「令和7年司法統計年報 3 家事編」(PDF)第44表・第45表・第46表・第50表・第51表・第52表
- 国土交通省 国土数値情報「地価公示(L01)」兵庫県 2026年版。神戸市9区の住宅地のうち2016年と2026年の両方に価格がある251地点を当サイトで集計
- 引用した相談は Yahoo!知恵袋「実家の処分について」(2024年6月11日・回答3件)
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