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摂津・河内・和泉は今のどこ?大阪の旧国名3国

🙋
💬 Aさん「大阪の不動産情報を見てたら『摂津市』とか『河内長野市』とか出てきたんだけど、この『摂津』『河内』ってなんなの?」
🏠
💬 購入経験者Bさん「それ、今の大阪府の元になった昔の3つの『国』の名前なんだ。今回は危険な話じゃなくて、大阪の地名のルーツをたどる雑学編だよ」

今回はこれまでの警鐘系の話とは少し違う、地名の「あるある雑学」です。大阪府は「摂津国」「河内国」「和泉国」という3つの旧国が合わさってできています。今も市名や地域名にその名残が残っているこの3国の由来と範囲を紹介します。

先に結論:3つの国は今のどこか

旧国名 今のどこか 名前が残る地名
摂津(せっつ) 大阪市と北摂(豊中・吹田・茨木・高槻)、および兵庫県南東部(神戸・尼崎・西宮) 摂津市、摂津本山駅(神戸市)
河内(かわち) 大阪府の東部。東大阪市・八尾市・柏原市・河内長野市など 河内長野市、河内小阪駅
和泉(いずみ) 堺市の南部から南。岸和田市・泉大津市・泉佐野市など 和泉市、泉大津市、泉佐野市

摂津国は今の兵庫県南東部までまたがっているため、大阪府の境と国の境は一致しません。堺という地名も、摂津・河内・和泉の3国が接する「境」から来たという説があります。

目次

1. 摂津国は大阪の北部と神戸

摂津国は、現在の大阪市・北摂エリア(豊中・吹田・茨木など)から、兵庫県南東部(神戸・尼崎・西宮など)にまたがる地域でした。古い記録には「南は温暖・北は寒冷で、五穀の実りが早く、魚や塩の産物も豊か」と記されており、豊かな土地として知られていたようです。現在の摂津市はその名をそのまま受け継いだ市名です。

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2. 河内国は「川の内側」が由来

河内国は、大阪府の中部・東部(東大阪・八尾・河内長野など)にあたる地域です。北を淀川、南を和泉山脈に囲まれ、その多くは淀川・大和川がつくった平野でした。「河内」という名前は、「川の内側」を意味する「川内(かわうち)」に由来すると考えられており、『古事記』にも「川内」の表記が見られます。水運の便がよく、農地としても早くから開発が進んだ土地でした。

🙋
💬 Aさん「じゃあ和泉国は?」
🏠
💬 購入経験者Bさん「和泉国は堺市より南のエリア。実はもともと河内国の一部だったんだよ」

3. 和泉国はもともと河内国の一部だった

和泉国は、堺市より南の地域(岸和田・和泉・泉佐野など)にあたります。奈良時代の当初、畿内は「大和・河内・山背(山城)」の3国とする記述が『古事記』にみられ、和泉はもともと河内国の一部でした。その後分離して独立した国となり、現在も「和泉市」としてその名が残っています。

旧国名 現在のおおよその範囲 今に残る地名
摂津国 大阪市・北摂、神戸・尼崎・西宮 摂津市
河内国 東大阪・八尾・河内長野など 河内長野市、河内小阪など
和泉国 堺市南部・岸和田・泉佐野など 和泉市、泉佐野市など

この3国をまとめて「摂河泉(せっかせん)」と呼ぶこともあります。大阪府内で物件を探していると、「河内〇〇」「和泉〇〇」といった地名によく出会いますが、それぞれ千年以上前の令制国の境目をなぞっていると知ると、街歩きや土地探しが少し違った視点で楽しめるはずです。

公的資料で確認できること

大阪府の公式計画は「大阪府は摂津・河内・和泉の三国からなっている」と明記しています。国立国会図書館の旧国名一覧でも、畿内の旧国名として摂津・河内・和泉を確認できます。

旧国名と地名をもっと調べるなら

旧国名は今の県境と一致しないので、文章だけだと境目が頭に入りません。地図で一度見ておくと、次に別の国名が出てきたときに迷いません。

旧国名でみる日本地図帳

旧国名でみる日本地図帳

摂津・河内・和泉のように、旧国名は今の県境と一致しません。全国を旧国名のまま重ねた地図帳なので、「どこからどこまでか」を一度に確かめられます。

図説 日本古地図コレクション(ふくろうの本)

図説 日本古地図コレクション(ふくろうの本)

昔の地図そのものを見ると、地名が付いた順番や、海だった場所が分かります。地名の由来を調べるときの答え合わせに使えます。

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地名の由来を知るのは雑学として面白いものですが、実際に住むエリアを選ぶ際は、地盤や災害リスクも公的なデータで確認しておくと安心です。災害リスク診断エリア別 不動産相場もあわせてご活用ください。

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4. なぜ3つの国が1つの大阪府になったのか

「摂津・河内・和泉だから大阪府」と言いたくなりますが、明治の初めの地図はそう単純ではありません。廃藩置県のころ、河内と和泉を管轄していたのは大阪府ではなく、堺に県庁を置いた「堺県」でした。大阪府の範囲は摂津の東側(東成・西成・住吉・島上・島下など)だけで、川辺・武庫・菟原・有馬など西寄りの郡は兵庫県に組み込まれています。

その堺県は1876年(明治9年)に大和(今の奈良県)まで併合し、1881年(明治14年)には堺県ごと大阪府に編入されました。この時点の大阪府は摂津・河内・和泉・大和の4か国分。つまり、奈良県まるごとが大阪府だった時期が6年間あります。1887年(明治20年)に大和が奈良県として分かれ、残った3国の範囲が今の大阪府になりました。

できごと
1871年(明治4年)ごろ 摂津の東側=大阪府、河内・和泉=堺県、摂津の西側=兵庫県
1876年(明治9年) 堺県が大和(今の奈良県)を併合
1881年(明治14年) 堺県が大阪府に編入。大阪府は摂津・河内・和泉・大和の4か国に
1887年(明治20年) 奈良県が分離。摂津(東側)・河内・和泉=今の大阪府が確定

「3つの国を集めて1つの府を作った」というより、「4か国まで膨らんだあと、1か国返して今の形に落ち着いた」というのが実際の順番です。摂津の西側を受け取った兵庫県の事情は、近畿の旧国名15国の記事で紹介しています。

出典:コトバンク「堺県」(世界大百科事典)コトバンク「奈良県」(精選版 日本国語大辞典ほか)コトバンク「摂津国」(日本大百科全書ほか)

読者

奈良県が大阪府だった時期があるというのは、本当ですか。

おかあさん

本当です。1881年に堺県ごと大阪府へ編入されたとき、大和も大阪府に入りました。1887年に奈良県として分かれるまでの6年間です。

5. 摂津・河内・和泉の見分け方(境目はどこか)

3つの国は、順番に消していくと迷いません。まず和泉から。堺市から南の海沿い一帯が和泉で、泉大津市・泉佐野市・泉南市と「泉」の付く市名がずらりと並びます。この一帯を指す「泉州」という呼び名自体、和泉国の別称です。

残った北側は、山と川で分けます。生駒山地・金剛山地の麓へ向かう内陸側が河内、大阪市内から北摂・神戸方面へ広がるのが摂津。境目としていちばん分かりやすいのは淀川で、河内国は「北は淀川を境として摂津国と接する」と記録されています。高槻市(摂津)と枚方市(河内)は、淀川を挟んだ向かい同士というわけです。

意外なのは枚方市・寝屋川市・門真市のあたり。大阪市のすぐ北東で「北」の印象がありますが、ここは摂津ではなく河内です。迷ったら、摂津市・河内長野市・和泉市と、国名をそのまま名乗る市を基準点にすると位置関係が頭に入ります。

ざっくりどっち側か 今の目印
摂津 大阪市内から北+兵庫県南東部 摂津市・豊中市・高槻市
河内 生駒・金剛の山に向かう東側 東大阪市・枚方市・河内長野市
和泉 堺から南の海沿い 和泉市・泉大津市・泉佐野市

出典:コトバンク「河内国」(日本歴史地名大系ほか)コトバンク「和泉国」(日本大百科全書ほか)コトバンク「泉州」(デジタル大辞泉)

i
摂津国は今の兵庫県南東部(神戸・尼崎・西宮)までまたがるので、旧国の境と大阪府の境は一致しません。府県の区切りで旧国名を探すとずれます。

まとめ

1. 大阪府は「摂津国」「河内国」「和泉国」という3つの旧国が合わさってできており、摂津市・河内長野市・和泉市などに名残が残っている

2. 「河内」は「川の内側」が由来とされ、和泉国はもともと河内国の一部だった

3. 3国をまとめて「摂河泉」と呼ぶこともあり、大阪府内の地名にはこの歴史が色濃く反映されている

地名の由来を知ると、なにげなく通り過ぎていた市区町村名にも千年単位の歴史が詰まっていることに気づかされます。大阪で土地探しをする際の話のタネにもぜひ役立ててください。

よくある質問

摂津・河内・和泉は今のどのあたりですか?

摂津国は大阪市・北摂エリア(豊中・吹田・茨木など)から兵庫県南東部(神戸・尼崎・西宮など)、河内国は大阪府の中部・東部(東大阪・八尾・河内長野など)、和泉国は堺市より南(岸和田・和泉・泉佐野など)にあたります。

「河内」という地名の由来は何ですか?

「川の内側」を意味する「川内(かわうち)」に由来すると考えられています。『古事記』にも「川内」の表記が見られ、北を淀川、南を和泉山脈に囲まれた、淀川・大和川がつくった平野が広がる土地でした。

「摂河泉」とは何のことですか?

摂津・河内・和泉の3国をまとめた呼び方です。大阪府はこの3つの旧国が合わさってできており、摂津市・河内長野市・和泉市などに名前が残っています。

和泉国はもともと河内国の一部だったのですか?

はい。奈良時代の当初、畿内は「大和・河内・山背(山城)」の3国とする記述が『古事記』にみられ、和泉はもともと河内国の一部でした。その後に分離して独立した国となり、現在も「和泉市」としてその名が残っています。


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この記事を書いた人

ハウスメーカー2社で営業職を経験し、不動産・建築の基礎を習得。
その後、地域密着型の不動産会社にて営業事務として勤務し、
契約書作成、ポータルサイト管理、物件情報の入力・更新など、
実務全般に携わってきました。

特に、ポータルサイトを「より魅力的に見せる工夫」や、
反響につながる「分かりやすい間取り図作成」を得意としています。
自分が関わった物件に反響があった時の喜びが、今の原動力です。

現在は子育てのため一線を退いていますが、
これまでの実務経験を活かし、
フリーランスとして不動産会社様向けの
バックオフィスサポート業務を開始しました。

現場目線を大切にしながら、
「早く・正確に・伝わる」業務サポートを心がけています。

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