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「陸奥」「出羽」「蝦夷地」…東北・北海道の旧国名、境目と由来を知るとちょっと物知りになれる話

🙋
💬 Aさん「大阪の摂津・河内・和泉の話、面白かったな。東北や北海道にも同じような旧国名ってあるの?」
🏠
💬 購入経験者Bさん「あるよ。『陸奥』『出羽』、そして北海道の『蝦夷地』。今回はこのあたりを危険な話抜きで、純粋な雑学として紹介するね」

今回も警鐘系ではなく、あるある雑学編です。東北地方は「陸奥(むつ)」と「出羽(でわ)」という2つの旧国、北海道は「蝦夷(えぞ)」と呼ばれていました。今も地名や施設名に残るこの歴史をたどってみましょう。

先に結論:東北・北海道の旧国名は今のどこか

「陸奥」「出羽」の2国は、明治元年(1868年)12月の太政官布告で7つの国に分けられました。今の県と照らすには、分けられたあとの国名で見るのが近道です。

旧国名 今のどこか
磐城(いわき) 福島県の東部・南部と宮城県の南部
岩代(いわしろ) 福島県の中西部。会津若松・福島・郡山のあたり
陸前(りくぜん) 宮城県の大部分(仙台・石巻)と岩手県の南東部(陸前高田・大船渡)
陸中(りくちゅう) 岩手県のほぼ全域(盛岡・宮古)と秋田県の鹿角
陸奥(むつ) 分割後は青森県と岩手県の北部(二戸のあたり)
羽前(うぜん) 山形県の大部分(山形・米沢・鶴岡)
羽後(うご) 秋田県の大部分(秋田・横手)と山形県の飽海地方(酒田・遊佐)
蝦夷地(えぞち) 北海道の全域。明治2年(1869年)に渡島・後志など11国へ再編

県境と旧国境は完全には一致しません。「岩手県なのに陸前高田市」のような場所の理由は、記事の後半「4. 陸前・陸中・陸奥と羽前・羽後の見分け方」で説明します。

出典:国立国会図書館「旧国名一覧」(PDF)コトバンク「陸前国」「陸奥国」「羽後国」(いずれも日本大百科全書ほか)

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目次

1. 東北の太平洋側は「陸奥」、日本海側は「出羽」だった

古代の令制国では、東北地方の太平洋側(青森・岩手・宮城・福島)は「陸奥国」、日本海側(秋田・山形)は「出羽国」とされていました。出羽国は8世紀初めに越後国と陸奥国から分離して成立し、その後1000年以上にわたってこの2国体制がほぼそのまま続きました。この広大な区分けが大きく変わったのは、実は江戸時代が終わってすぐの明治元年、戊辰戦争終結直後のことです。

この区分けが示すのは、五畿七道の国割りが定められた当初、東北地方が大和朝廷の完全な支配下にはなかったという歴史でもあります。平安時代を通じて蝦夷との交流・戦いを重ねながら、陸奥・出羽の領域は徐々に北へと拡大していきました。

👉 北海道の52市区町村を、坪単価の高い順に並べました

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💬 Aさん「北海道の『蝦夷地』は、いつ頃まで使われてたの?」
🏠
💬 購入経験者Bさん「明治になって箱館戦争が終わるまでだね。その後、一気に11もの新しい国が誕生したんだよ」

旧国名と地名をもっと調べるなら

旧国名は今の県境と一致しないので、文章だけだと境目が頭に入りません。地図で一度見ておくと、次に別の国名が出てきたときに迷いません。

旧国名でみる日本地図帳

旧国名でみる日本地図帳

摂津・河内・和泉のように、旧国名は今の県境と一致しません。全国を旧国名のまま重ねた地図帳なので、「どこからどこまでか」を一度に確かめられます。

図説 日本古地図コレクション(ふくろうの本)

図説 日本古地図コレクション(ふくろうの本)

昔の地図そのものを見ると、地名が付いた順番や、海だった場所が分かります。地名の由来を調べるときの答え合わせに使えます。

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2. 北海道は箱館戦争後に「11国」へ再編された

北海道はかつて「蝦夷地」と総称されていました。1869年(明治2年)、箱館戦争の終結後に「北海道」という名称が定められ、同時に蝦夷地には渡島・後志・胆振・石狩・天塩・北見・日高・十勝・釧路・根室・千島という11の国が新設されました。これにより、日本の律令制の国区分は五畿七道から「五畿八道」へと拡張されました。わずか150年ほど前まで、北海道全体が一つの広大な「未開の地」として扱われていたことがうかがえます。

3. 今も残る旧国名の痕跡

こうした旧国名は、令制国としての行政区分こそなくなりましたが、今も様々な形で地名や施設名に残っています。「陸奥」は青森県むつ市や、海上自衛隊の護衛艦・戦艦の名前として、「出羽」も同様に艦船名などに使われてきました。「後志(しりべし)」「胆振(いぶり)」「十勝(とかち)」といった北海道の旧国名は、現在も振興局(かつての支庁)の名称としてそのまま使われ続けています。

旧国名 おおよその範囲 今に残る名前
陸奥国 青森・岩手・宮城・福島(太平洋側) むつ市、護衛艦「むつ」など
出羽国 秋田・山形(日本海側) 出羽三山、庄内地方の呼称など
蝦夷地→北海道11国 北海道全域 後志・胆振・十勝などの振興局名

旧国名の境目を知ると、なぜ隣り合う県同士で文化や方言が大きく異なるのか、その背景が見えてくることがあります。東北・北海道で土地探しをする際、こうした歴史の重なりを話のタネにしてみるのも面白いものです。

住まい探しの際は、雑学とあわせて災害リスク診断エリア別 不動産相場で客観的なデータも確認しておきましょう。

このシリーズの他の記事もあわせてどうぞ。

👉 和泉=堺より南、河内=東部、摂津=北部|大阪の旧国名

👉 「渋谷」はなぜ谷?「日比谷」はなぜ海だった?東京の坂と谷の地形トリビア3選

4. 陸前・陸中・陸奥と羽前・羽後の見分け方

太平洋側は、南から順に陸前(宮城)→陸中(岩手)→陸奥(青森)。都に近い南側から「前」「中」、いちばん遠くが「奥」という並びなので、緯度がそのまま答えになります。日本海側はもっと単純で、南が羽前(山形)、北が羽後(秋田)です。

ややこしいのは、県境が旧国境と少しずれている場所です。有名なのが岩手県の陸前高田市。「陸前」は宮城側の国名なのに岩手県にあるのは、陸前国に属していた気仙郡が1876年(明治9年)に岩手県へ編入されたためです。同じ事情で、秋田県の鹿角は羽後ではなく陸中、山形県の酒田・遊佐(飽海地方)は羽前ではなく羽後に属していました。

今の場所 旧国名
陸前高田市・大船渡市(旧気仙郡) 岩手県 陸前
鹿角市・小坂町(旧鹿角郡) 秋田県 陸中
酒田市・遊佐町(旧飽海郡) 山形県 羽後

この3国は、思わぬところにも名前を残しています。「三陸海岸」の三陸は、陸前・陸中・陸奥の3国をあわせた呼び名です。JRの駅名にも陸前高砂駅(仙台市)・羽前千歳駅(山形市)・羽後本荘駅(由利本荘市)などが残り、秋田県には羽後町という町もあります。前・中・後と並ぶ国名の見分け方は、北陸の越前・越中・越後の記事でも同じ考え方を紹介しています。

出典:コトバンク「陸前国」「陸中国」「羽前国」「羽後国」(日本大百科全書ほか)/コトバンク「三陸」(デジタル大辞泉ほか)

まとめ

1. 東北地方はかつて太平洋側の「陸奥」、日本海側の「出羽」という2つの旧国に分かれ、1000年以上そのまま続いた

2. 北海道は「蝦夷地」と呼ばれ、明治2年の箱館戦争終結後に一気に11の国へ再編された

3. 旧国名は今も振興局名や地名、艦船名などに残り、東北・北海道の文化や地域性を知る手がかりになる

旧国名を意識しながら地図を眺めると、いつもの日本地図が少し違って見えてきます。ぜひ次の旅行や土地探しの雑談のネタにしてみてください。

よくある質問

東北地方の旧国名は何ですか?

太平洋側(青森・岩手・宮城・福島)が「陸奥国」、日本海側(秋田・山形)が「出羽国」です。出羽国は8世紀初めに越後国と陸奥国から分離して成立し、その後1000年以上にわたってこの2国体制がほぼそのまま続きました。

北海道はいつから「北海道」と呼ばれるようになったのですか?

1869年(明治2年)、箱館戦争の終結後に「北海道」という名称が定められました。同時に蝦夷地には渡島・後志・胆振・石狩・天塩・北見・日高・十勝・釧路・根室・千島という11の国が新設されています。

旧国名は今どこに残っていますか?

北海道では後志(しりべし)・胆振(いぶり)・十勝(とかち)などが振興局の名称としてそのまま使われています。「陸奥」は青森県むつ市や護衛艦の名前として、「出羽」も出羽三山などの名前として残っています。


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この記事を書いた人

ハウスメーカー2社で営業職を経験し、不動産・建築の基礎を習得。
その後、地域密着型の不動産会社にて営業事務として勤務し、
契約書作成、ポータルサイト管理、物件情報の入力・更新など、
実務全般に携わってきました。

特に、ポータルサイトを「より魅力的に見せる工夫」や、
反響につながる「分かりやすい間取り図作成」を得意としています。
自分が関わった物件に反響があった時の喜びが、今の原動力です。

現在は子育てのため一線を退いていますが、
これまでの実務経験を活かし、
フリーランスとして不動産会社様向けの
バックオフィスサポート業務を開始しました。

現場目線を大切にしながら、
「早く・正確に・伝わる」業務サポートを心がけています。

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