実家の建物が父と長男の共有名義になっていると、父が亡くなっても母は配偶者居住権を取れません。民法1028条1項の、たった一行のただし書で外れます。
残るのは6か月です。神戸で実家を売って法定相続分の半分を受け取っても、9区すべてで同じ区の2LDK・3LDKには届きませんでした。足りない額は、いちばん少ない北区でも120万円あります。
この記事でわかること
- ✓ 建物の名義が「父と子」だと、母は配偶者居住権を取れないこと
- ✓ 取れなくても、6か月だけは無償で住めること
- ✓ 国が配偶者居住権を説明した資料に、そのただし書の話が1行も無いこと
- ✓ 神戸で実家を売って半分もらったとき、住み替え先に何円足りないか
回答3件は、全部お金の話でした
Yahoo!知恵袋に、実家の相続を親が元気なうちから考えている長男の相談が出ています。2022年3月の投稿で、閲覧904・共感50・回答3件がついています。
地方都市に築20年の実家があり、そこに両親が住んでいます。土地の名義は父、建物の名義は父と私になっています。住宅ローンは完済。
兄弟は3人。質問者が長男で、下に弟と妹がいます。父からは「俺が死んだら、この家はお前(私)の物になる。」と言われていて、兄弟も全員そう思っている。土地は広く、友人の見立てで7千万〜1億弱。この人が心配しているのは相続税でした。
そして本文の後ろに、こう書いてあります。
父が先に亡くなった場合、母はそのまま実家に住み続ける予定ですが、建物と土地の名義は私に変わる予定です。
回答は3件つきました。ベストアンサーは「お母様が相続する方がいいかと思います。」の一行です。2人目は「母親と、共有にすれば、多分相続税0円になります。」と書き、3人目は「小規模宅地等の特例は、そこに同居しているか否かが問題になります、」から始めています。
3件とも、税金がいくらになるか、誰の名義にすれば安いか、という話です。母がその家に住み続けられるのか、という権利の話をした回答は1件もありませんでした。
読者
でも、母が住むことは家族全員が納得しているんですよね?
納得は法律ではありません。名義が兄に移ったあと、兄の考えが変わっても、兄が借金を抱えても、母には言い分が要ります
3人目の回答にある「条件をクリアーできれば300㎡(約100坪)迄が減額されます。」は数字が違います。国税庁のタックスアンサーNo.4124では、特定居住用宅地等の限度面積は330㎡・減額割合80%です
民法1028条は、共有だと使えないと書いています
配偶者居住権は、2020年4月1日に始まった制度です。残された配偶者が、その家に無償で、原則として亡くなるまで住み続けられる権利です。所有権を取らずに住む場所だけ確保できるので、預貯金も分けてもらえる、というのが国の説明です。

その条文が民法1028条第1項です。前半は「取得する」と書いてあります。問題は最後の一行です。
被相続人の配偶者(中略)は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、次の各号のいずれかに該当するときは、その居住していた建物(中略)の全部について無償で使用及び収益をする権利(中略)を取得する。
ただし、被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。
配偶者以外の人と共有していたら、この権利は生まれません。父と長男の共有は、ここに当たります。
持分が何割かは書かれていません。父が9割、長男が1割でも同じです。共有しているのが長男でも、父の兄弟でも、まったく関係のない他人でも、条文は「配偶者以外の者」としか言っていません。

読者
そんな大事なこと、どこかに書いてありそうなものですが
法務省のパンフレットを16ページ全部読みました。「共有」という言葉は5回出てきますが、5回とも遺留分の説明のところです
法務省が配偶者居住権だけを説明したPDFは2ページありますが、そちらには「共有」が1回も出てきません。国の説明資料のどこにも、この条件は書かれていません。書いてあるのは条文のただし書だけです。
長期はだめでも、6か月は残ります
では、母には何も無いのか。ここで効くのが、同じ日に始まったもう一つの権利です。配偶者短期居住権といいます。
一 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合
遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日のいずれか遅い日
民法1037条第1項です。読み比べてほしいのは、この条文には、配偶者以外の者との共有を外すただし書が無いことです。1028条にはあって、1037条には無い。長い方は消えるのに、短い方は残ります。
法務省の説明も同じです。
配偶者は,相続開始の時に被相続人所有の建物に無償で居住していた場合には,遺産分割によりその建物の帰属が確定するまでの間又は相続開始の時から6か月を経過する日のいずれか遅い日までの間,引き続き無償でその建物を使用することができる。
遺言などで建物が最初から他の人のものになる場合でも、所有者から明け渡しの申入れを受けた日から6か月は住めます。母が相続放棄をした場合も同じ扱いだと、法務省は書いています。

読者
6か月あれば十分では?
80歳の人が引っ越し先を決めて、荷物を減らして、契約して、移るまでの6か月です。介護の見通しも一緒に決めることになります
母が住み続ける道は3つあります
共有名義のままでも、打てる手はあります。順に見ていきます。
1つ目は、母が建物の持分を相続することです。 父の持分を母が受け取れば、母は共有者本人になります。共有者は自分の物を使えるので、そもそも居住権という話になりません。1035条にも、配偶者が共有持分を持っている場合は建物の返還を求められない、と書かれています。
2つ目は、長男と母のあいだで約束を作って、文書に残すことです。 無償で貸すなら使用貸借、家賃をもらうなら賃貸借です。口約束でも成立しますが、長男が亡くなって次の相続が起きたとき、口約束は残りません。
3つ目は、父が元気なうちに名義を整えることです。 建物の共有を解消して父の単独名義にしておけば、配偶者居住権という選択肢が戻ってきます。ただし持分を動かすと贈与税や譲渡所得税の話が出てくるので、動かす前に税額を確かめてください。
遺言で配偶者居住権を用意する場合、条文が挙げているのは「遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき」と「遺贈の目的とされたとき」の2つです。書き方で結論が変わるので、遺言の文面は専門家に確認してください
売って半分もらっても、同じ区には移れません
「母が住まないなら売ればいい」と考える人は多いと思います。神戸で実際にいくらになるのかを、成約データで確かめました。
国土交通省が公表している不動産取引価格情報から、神戸市9区の家付きの住宅地1,655件と、2LDK・3LDKで専有50〜80㎡の中古マンション971件を取り出しました。前者が実家、後者が母の住み替え先にあたります。
実家を売って母が受け取る額は、法定相続分の1/2としました。相続人が配偶者と子のときの割合です。

9区すべてで、取り分のほうが少なくなりました。差がいちばん小さい北区で120万円、いちばん大きい中央区で2,125万円足りません。市全体で見ても、実家の中央値2,500万円の半分が1,250万円、マンションの中央値は2,600万円です。
しかも、この差は実際にはもっと開きます。売れば仲介手数料と登記費用がかかり、譲渡所得が出れば税金も引かれるからです。図の緑の棒は、手取りではなく売値の半分です。
戸建てとマンションは別の母集団です。母集団は「売れた家」であって「相続された家」ではありません。中央区や兵庫区のマンションが高いのは、駅の近くの新しい物件が数に入っているためです
私はこう見ています
私は、配偶者居住権が使えない家のほうが、実は先に手を打っておく価値が高いと考えています。
使える家なら、父が亡くなってから遺産分割で決めればいい。選択肢が残っているからです。使えない家は、父が亡くなった時点で選択肢がひとつ減っています。6か月の時計が動き出してから気づくことになります。
そして、共有名義は事故で生まれます。二世帯住宅を建てるときにローンを分けた、増築の費用を子が出した、祖父の代の相続を整理しなかった。どれも家族仲が良いから起きることで、悪いから起きるわけではありません。仲が良い家ほど、名義が混ざったまま何十年も放置されます。
国が16ページのパンフレットにこの条件を書かなかったのは、条文の但し書きが技術的すぎるからだと思います。ただ、実際に外れるのは、親と子でお金を出し合って建てた家です。決してめずらしい家ではありません。
登記事項証明書は法務局で1通600円、オンラインなら480円で取れます。父が元気なうちに、建物の名義が誰になっているかだけ確かめておく。それだけで、6か月の時計に驚かずに済みます。
よくある質問
建物は父の単独名義ですが、土地を父と兄で共有しています。母は配偶者居住権を取れますか?
取れます。民法1028条1項が見ているのは「居住建物」の共有です。土地を誰と共有していても、建物が父の単独名義なら配偶者居住権は成立します。ただし土地を使う権利(敷地利用権)の評価は、共有の分だけ調整されます。
実家が父と母の共有名義です。この場合も使えないのですか?
使えます。条文が外しているのは「配偶者以外の者」との共有だからです。父と母の共有は除外されません。国税庁のタックスアンサーNo.4666にも、被相続人が配偶者と共有していた場合の計算方法が載っています。
母が相続放棄をしたら、6か月も無くなりますか?
無くなりません。法務省の説明では、配偶者が相続放棄をした場合も、建物の所有権を取得した人から消滅の申入れを受けた日から6か月は無償で使えます。1037条が短期居住権を外しているのは、相続欠格と廃除の場合だけです。
配偶者居住権を設定したあと、母が施設に入ったら売れますか?
配偶者居住権そのものを売ることはできません。民法1032条2項が「配偶者居住権は、譲渡することができない。」と定めているためです。所有者と合意して権利を消してもらう方法はありますが、受け取る対価には税金の扱いが別に出てきます。設定する前に、施設に移る可能性まで含めて考えてください。
出典
- 民法(e-Gov法令検索の配信データから全文を取得)第1028条・第1030条・第1031条・第1032条・第1034条・第1035条・第1037条
- 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」
- 法務省パンフレット「相続に関するルールが大きく変わります」全16ページ
- 法務省「配偶者居住権について」
- 国税庁 タックスアンサー No.4666「配偶者居住権等の評価」/No.4124「小規模宅地等の特例」
- 国土交通省 不動産取引価格情報(神戸市9区・2024年第4四半期〜2026年第1四半期の4,902件から集計)
- Yahoo!知恵袋 質問番号 q10258348650(2022年3月8日投稿)
2026年8月時点の制度で書いています。実際の手続きは、登記事項証明書と遺産の内容を見たうえで判断してください
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