「将門の首塚の祟り」は、国税庁のサイトにも載っている話です。ただし同じページには、祟りが「事実か否かは確かめようもありません」と書かれています。
確かめられるのは祟りではなく、この塚が約100年のあいだに壊され、整地されかけ、ビルの建て替えに囲まれながら、同じ場所に残ってきたという記録のほうです。
2026年8月には、東京・大手町の将門塚で配信者が石碑によじ登る様子を流し、神社の管理者から被害届が出たと報じられました。ナオキマンさんの番組「ナオキマンの知らない世界」でも「日本の土地にまつわる都市伝説」が特集され、再生は270万回を超えています。
先に結論
- ✓ 祟りの噂の出どころは、1924年の大蔵省の仮庁舎建設と、1926年の大蔵大臣の急死
- ✓ 国税庁は「確かめようもない」とし、記録として並べるだけにとどめている
- ✓ 塚は1971年に東京都指定旧跡、2020〜21年に6回目の改修を受けて今も同じ場所にある
国税庁が載せている祟りの話
首塚のある千代田区大手町1-2-1は、明治のはじめから大蔵省(いまの財務省)の敷地でした。国税庁の税務大学校が公開している「税の歴史クイズ 大手町の首塚」は、その経緯を年号つきで書いています。
| 年 | 国税庁の解説にある出来事 |
|---|---|
| 1871年 | 大蔵省が旧姫路藩・酒井雅楽頭(うたのかみ)邸の跡に庁舎を置く。首塚は以前からそこにあった |
| 1923年 | 関東大震災で庁舎が焼失 |
| 1924年 | 跡地に仮庁舎を建てる際、首塚が壊される |
| 1926年 | 大蔵大臣の早速整爾(はやみせいじ)が急死。工事部長だった矢橋賢吉(1927年没)も亡くなる |
| 1927年 | 鎮魂碑を立てたといわれる |
| 1940年6月 | 落雷による大蔵省庁舎の焼失を含む、大手町官庁街の火災 |
| 戦後 | 米軍が塚を整地しようとした際、ブルドーザーが横転して運転者が死亡 |
祟りと呼ばれてきたのは、この表の1926年から戦後までの出来事です。国税庁はこれらを並べたうえで、祟りかどうかは確かめようがない、と書き添えています。
読者
GHQ(連合国軍総司令部)のブルドーザーの話は、ネットの作り話じゃないの?
国税庁の解説も、事故そのものは出来事として書いています。書いていないのは、それが祟りのせいかどうか、です。

壊されても戻ってきた塚
年表を通して見ると、目立つのは祟りよりも塚の扱われ方です。1924年に壊された塚には3年後に鎮魂碑が立ち、戦後の整地のあとも、塚は同じ場所に残りました。
現地にある東京都教育委員会の説明板によると、将門塚は1971年3月26日に東京都指定旧跡になっています。管理しているのは、神田明神の宮司と周辺の企業などでつくる「史蹟将門塚保存会」です。
直近の大きな工事は2020年11月から2021年4月まで。保存会は、1961年の第1次整備から数えて6回目の改修だと告知していました。同じ街区で進んでいたOtemachi One(大手町ワン)の再開発の完了に合わせた工事です。

私は、この塚が大手町のオフィス街に残っている理由を、祟りへの恐れだけで説明するのは無理があると考えています。60年以上にわたって神社と地元の企業が6回も手を入れてきた、という事実のほうが、記録としてはずっとはっきりしているからです。
土地の歴史は、こうして記録をたどれば誰でも確かめられます。自分の家の土地がかつて何だったかも、古い地図や空中写真で調べられます。
行ってはいけない人はいるか
検索候補には「行ってはいけない人」と出てきます。ただ、今回確認した千代田区観光協会の案内や、保存会の掲示を伝える報道には、特定の人の参拝を断る決まりは見当たりませんでした。
実際に問題になったのは、塚をふざけて扱った人です。2026年8月19日、配信者が石碑によじ登って奇声を上げる様子をKick(キック)で配信し、アカウントは「999年BAN(バン)」=事実上の永久停止になりました。所属していた配信者団体は8月22日に脱退処分を発表しています。
週刊女性PRIME(8月27日)によると、神社の管理者から被害届が出ており、礼拝所不敬罪などの疑いで在宅のまま調べが進んでいるとされます。起訴されたという報道は確認できていません。
読者
お参りするなら、何に気をつければいい?
慰霊の場所なので、石碑に触れたり登ったりしない、大声を出さない。この2つで十分です。オフィスビルのあいだにあるので、写真を撮るなら通る人の邪魔にならないように。
場所は千代田区大手町1-2-1。東京メトロ大手町駅のC5出口からすぐです(千代田区観光協会)。御祭神の平将門命は、神田神社(神田明神)にまつられています。
動画と本で知るなら
ナオキマンさんのチャンネルNMS STUDIO(エヌエムエス・スタジオ)が公開している「ナオキマンの知らない世界」の土地の都市伝説スペシャルです。将門塚を入口に、ほかの土地の話も見たい人に。
将門がなぜ「首」の伝説を残したのかは、国税庁の解説にもヒントがあります。将門の首は都でさらされ、さらし首はこれが史上初めての例だったため、首にまつわる伝説が各地に残った、と書かれています。
出典
- 国税庁 税務大学校「税の歴史クイズ 大手町の首塚」
- 東京都教育委員会「東京都指定旧跡 将門塚」説明板(現地)
- 千代田区観光協会「将門塚」
- 三井住友トラスト不動産「このまちアーカイブス 丸の内」
- 文春オンライン(2020年12月13日)
- 週刊女性PRIME(2026年8月27日)
- アイキャッチ写真:kanesue「将門塚」(2011年)/CC BY 3.0/Wikimedia Commons(文字を合成)
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