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犬鳴村 実在/ダム湖に沈んだ集落

「犬鳴村」として語られる、憲法が通じず、よそから来た人を襲う村は実在しません。ただし、犬鳴という集落は実在し、いまは福岡県宮若市の犬鳴ダムの湖の底にあります。

地図から消えたのは、誰かに隠されたからではありません。ダムの建設で、住民ごと移ったからです。

映画『犬鳴村』の公開から6年がたった今も、検索候補には「実在」「どこ」「何があった」が並びます。ナオキマンさんの番組「ナオキマンの知らない世界」でも「日本の土地にまつわる都市伝説」が特集され、再生は270万回を超えています。

先に結論

  • ✓ 伝説の「犬鳴村」は架空。怪談研究家の吉田悠軌氏は「無責任なデマ」と書いている
  • ✓ 実在した犬鳴の集落は、1970年着工・1994年竣工の犬鳴ダムの底に沈んだ
  • ✓ 1975年に新しいトンネルができ、使われなくなった旧道が心霊スポットになった

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目次

犬鳴の集落は実在した

犬鳴があったのは、福岡県の旧鞍手郡若宮町(いまの宮若市)の山あいです。犬鳴川の上流にあたります。福岡県教育委員会はダムの建設に合わせてこの地区を調べ、1990年から1992年にかけて『犬鳴』という文化財調査報告書をまとめています。

その報告書に収められているのが、次の1枚です。

1921年頃に犬鳴分校で撮影された児童と教職員の記念写真
1921年(大正10年)ごろ、犬鳴分校で撮影された児童と教職員の記念写真(出典:福岡県教育委員会『犬鳴』犬鳴川治水ダム関係文化財調査報告/パブリックドメイン/Wikimedia Commons)

よそ者を襲う村、という話と並べると、写っているのは着物姿の子どもたちと先生です。犬鳴の人たちには学校があり、記念写真を撮る日がありました。

犬鳴には、もう1つ記録に残る建物があります。幕末の1865年、福岡藩は家老・加藤司書の進言で、外国船に攻められたときに藩主をかくまうための城郭のような館をここに築きました。「犬鳴御別館」と呼ばれ、明治17年の暴風で倒れて、いまは石垣が残っています(福岡県観光連盟)。

人目を避けるために選ばれた山奥、という意味では、犬鳴は藩が認めた「隠れ場所」でした。ただ、隠れようとしたのは村人ではなく藩主です。

?

読者

じゃあ、村が地図から消されたっていう話は?

おかあさん

消えたのは本当です。理由はダムです。

地図から消えた理由はダム

吉田悠軌氏が『若宮町史』をもとに書いた記事によると、犬鳴ダムは1970年に着工し、1994年に完成しました。住民は1985年に完成した移転先の宅地などへ移っています。集落は、住民が出たあとで水の底になりました。

項目 犬鳴ダム(福岡県の公表)
所在地 宮若市犬鳴(遠賀川水系 犬鳴川)
型式・高さ 重力式コンクリートダム、堤高76.5m
総貯水容量 500万m³
目的 洪水調節、川の水量の維持、水道用水・工業用水
管理開始 1995年4月
1995年5月の犬鳴ダム周辺の空中写真。山あいに細長いダム湖
1995年5月、管理が始まった直後の犬鳴ダム周辺の空中写真。山あいの細長い湖がダム湖(出典:国土地理院 カラー空中写真 CKU951X-C5-9/Wikimedia Commons)

「行政記録から抹消された村」という言い方は、ダム湖の底へ移った集落の地図が、そのまま書き換えられていった経緯を、別の物語に置き換えたものです。

犬鳴の年表。1865年の福岡藩の別館、1921年の分校、1970年のダム着工、1975年の新トンネル、1994年の竣工、2020年の映画公開まで
犬鳴に起きたことを年表にした図。緑は実在の集落とダムの記録、茶色は心霊スポットや伝説に関わる出来事(作図:おかあさんのおうち)

犬鳴ダムには洪水を防ぐ役目もあります。福岡県は、放流する水が多くなるときは犬鳴川沿いの警報局で知らせるとしています。川沿いの家がどれだけ浸かる想定なのかは、住所から調べられます。

\住所を入れるだけ・1分で浸水の想定がわかります/

災害リスク診断で調べてみる ›

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心霊スポットになった経緯

吉田氏の記事によると、きっかけは道路でした。1975年に新しい道とトンネルが開通し、旧道と旧トンネルを通る人はほとんどいなくなります。人の来ない峠道は、やがて肝だめしの場所になりました。

1988年の末には、旧トンネルの近くで地元の青年が殺害される事件が実際に起きています。「村」の話が加わったのは1990年代で、吉田氏は、肝だめしに来た若者の目撃談が人づてに大きくなり、ネットで全国に広まったとみています。

2000年9月18日の読売新聞(西部本社版夕刊)は、幽霊の正体としてホームレスの小屋や漢方薬業者のテントを挙げたと、同じ記事は紹介しています。

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読者

「この先、日本国憲法は通用せず」の看板は?

おかあさん

吉田氏は、住民が違法行為への警告として立てた看板がもとになった可能性を挙げ、1996年には撤去されていたという証言を紹介しています。看板があったかどうか自体は、ここでは断定しません。

私は、この話でいちばん重いのは幽霊ではないと考えています。学校があり、記念写真を撮っていた集落が、ダムのために移っていった。その経緯が「差別されて閉ざされた村」という作り話に置き換わって、全国に広まったことのほうです。

大阪の犬鳴山と映画

検索候補に出る「大阪」は、大阪府泉佐野市の犬鳴山のことです。修験道の寺・七宝瀧寺の山号で、役行者(えんのぎょうじゃ)が開いたと伝わり、山の名は猟師と犬の伝説に由来します(大阪観光局)。福岡の犬鳴峠とは別の場所です。

映画『犬鳴村』は2020年2月7日公開、監督は清水崇さん、配給は東映。犬鳴トンネルをめぐる怪異を描いたフィクションです。

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この記事を書いた人

ハウスメーカー2社で営業職を経験し、不動産・建築の基礎を習得。
その後、地域密着型の不動産会社にて営業事務として勤務し、
契約書作成、ポータルサイト管理、物件情報の入力・更新など、
実務全般に携わってきました。

特に、ポータルサイトを「より魅力的に見せる工夫」や、
反響につながる「分かりやすい間取り図作成」を得意としています。
自分が関わった物件に反響があった時の喜びが、今の原動力です。

現在は子育てのため一線を退いていますが、
これまでの実務経験を活かし、
フリーランスとして不動産会社様向けの
バックオフィスサポート業務を開始しました。

現場目線を大切にしながら、
「早く・正確に・伝わる」業務サポートを心がけています。

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