「お台場」「豊洲」は本当に大丈夫?東京湾埋立地の歴史と、2011年に起きた液状化の記録
以前、大阪湾の人工島・夢洲を例に埋立地の液状化リスクを紹介しましたが、東京湾にも江戸時代から続く長い埋め立ての歴史があります。今回はお台場・豊洲などを例に、東京湾埋立地の成り立ちと2011年の震災で実際に起きたことを紹介します。
1. 東京湾の埋め立ては江戸時代から400年以上続いている
東京湾での大規模な埋め立ての記録は古く、1592年(文禄元年)の日比谷入江の埋め立てまでさかのぼるとされています。明治から昭和にかけては「隅田川口改良工事」などによって芝浦周辺が港として整備され、晴海・豊洲・お台場なども戦前から戦後にかけて段階的に埋め立てられてきました。2008年までに東京港だけで約5730haもの埋め立てが行われており、これは都心4区分の面積に匹敵する規模です。
「お台場」という地名は、江戸時代末期に黒船来航への備えとして築かれた砲台(台場)に由来しています。当時は海上に浮かぶ防衛拠点でしたが、その後の埋め立てで陸続きの街となり、今では観光・商業エリアとして親しまれています。
2. 2011年、東京湾岸では震源から遠くても液状化が発生した
2011年の東北地方太平洋沖地震による液状化は、東北・関東の1都12県193市区町村におよび、特に東京湾岸地域に集中していたことが調査で報告されています。東京都江東区内では、新木場全域や辰巳、豊洲5〜6丁目、若洲2丁目などで液状化が確認されました。震源から遠く離れた東京湾岸でも、埋め立ての時期や工法によっては大きな影響を受けたことが記録されています。
また、豊洲市場の移転予定地では、本来行われるはずの盛り土がされていなかった土地に地下水が溜まっていたことが後に判明し、大きな社会問題となりました。埋め立て地は「埋めた」で終わりではなく、その後の地盤管理や情報公開のあり方も問われる土地であることがわかります。
| エリア | 成り立ち | 2011年の状況 |
|---|---|---|
| お台場 | 江戸末期の砲台(台場)跡を埋め立てて拡張 | 周辺湾岸部で液状化が報告された地域あり |
| 豊洲・新木場・辰巳 | 昭和期以降の埋め立て地 | 江東区内で液状化を確認 |
3. 埋立地に共通するのは「時期と工法で地盤の締まり方が違う」こと
夢洲の記事でも触れた通り、埋立地は一律に危険というわけではありません。古い時期に埋め立てられ、長い年月をかけて土地が締まっている場所もあれば、比較的新しく地盤改良が十分でない場所もあります。同じ「東京湾岸」というくくりでも、エリアや造成年代によって地盤の強さは大きく異なります。
見た目の街並みや地名の響きだけでは、こうした違いを判断することはできません。
4. 液状化のしやすさは公的な地図・資料で確認できる
国土交通省や東京都は、過去の液状化履歴や地盤の液状化しやすさをまとめた資料・マップを公開しています。東京湾岸のタワーマンションや商業エリアを検討する際も、こうした公的データで地盤情報を確認しておくことをおすすめします。
地震の際はライフラインの停止が長引くこともあります。非常食セット(7日分・アレルギー対応)のような備蓄を用意しておくと安心です。
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まとめ
1. 東京湾の埋め立ては1592年の日比谷入江埋め立てから続く400年以上の歴史があり、お台場は江戸末期の砲台跡を埋め立てて拡張された
2. 2011年の東日本大震災では震源から遠い東京湾岸でも豊洲・新木場・辰巳などで液状化が確認され、豊洲市場用地の盛り土問題も表面化した
3. 埋立地は造成の時期・工法によって地盤の強さが異なり、街並みの見た目だけでは判断できないため公的な液状化マップで確認する必要がある
東京湾岸のベイエリアは利便性の高い人気エリアですが、その土地の成り立ちを知ったうえで、公的データとあわせて検討する視点を持っておきましょう。


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