父が元気なうちに実家をもらうと、弟に渡す現金は、もらった日の値段ではなく父が亡くなった日の値段で決まります。神戸市灘区の住宅地はこの10年で42.2%上がっていて、土地130㎡なら弟の取り分は736万円から1,224万円へ、488万円ふえました。
ところが同じ神戸でも、北区で同じことをすると1万円しか動きません。実家がどこにあるかで、渡す現金が10年のあいだに数百万円変わります。
この記事でわかること
- ✓ 相続人が姉と弟の2人だけなら、弟の遺留分は4分の1(「六分の一」ではありません)
- ✓ その金額を数えるのは、もらった日ではなく亡くなった日の値段
- ✓ 神戸市9区の住宅地251地点のうち69地点は、10年で値下がりしている
回答5件のうち、弟に触れたのは1件だけでした
2015年4月8日、Yahoo!不動産の「教えて!住まいの先生」に、こんな相談が投稿されました。回答は5件つき、8,108回読まれています。
父から家を譲り受ける場合、贈与税はかかるのでしょうか?
父は存命です。
父名義の家(土地付き)は、住宅ローンの支払も完了しています。
私には弟もいるのですが、奥さんの家にマスオさん状態で、仕事もそちらの家に近いと言うことで地元に戻ってきて生活する気は全くないそうです。
父も若くはありません。
死んでから相続のことでもめられたくないとの事で、生きているうちにすっきりしたいそうです。
私は、結婚しておらず30代半ばの女です。
父の側の動機がはっきり書かれています。もめられたくない。生きているうちにすっきりしたい。だから娘に家を渡しておく、という順番です。

ベストアンサーに選ばれた回答は、こう始まります。
お父さんの家の価値がどのぐらいのものか?を査定してもらったら如何ですか?
値段を調べろ、という助言です。2番目の回答も「質問者様のお父さんの土地家屋を売ったらいくらになるか?相続時の評価額は?を調査してみて」と書いていて、方向は同じでした。
残る3件のうち2件は贈与税の話です。弟の取り分に触れたのは1件だけで、そこにはこう書かれていました。
相続の場合、配偶者に二分の一、子供に六分の一の法定遺留分が発生しますから
読者
専門家の回答なんですよね。この六分の一で計算すればいいのでは
この数字は民法の条文と合いません。あとで条文を並べます。まず、値段の話から片づけさせてください
税金の値札は「もらった日」に貼られます
3番目の回答は、相続時精算課税という制度をすすめています。2,500万円までなら贈与税がかからずに名義を移せる制度です。そのうえで、この回答は弱点も正直に書いていました。
この制度のデメリットは、相続税を計算するときに、もらった時の価値で計算することです
家の価値は、たいていの場合、経年とともに下がるので、もらった時の価値で計算すると、贈与税の計算のときに損をすることもあります
これは正確です。国税庁のタックスアンサーNo.4103には、「相続財産と合算する相続時精算課税適用財産の価額は、原則として贈与時の価額」と書かれています。父が亡くなったあと相続税を計算するとき、10年前にもらった家は、10年前の値段のまま足し戻されます。
家が値下がりしていれば、高かったころの値段で税金を計算することになる。回答者が「損をすることもあります」と言ったのは、この意味です。
ここまでは、税務署との話です。
弟の取り分の値札は「亡くなった日」に貼られます
弟が請求できる金額は、税金とはまったく別の条文で決まります。民法1043条1項は、計算の土台をこう定めています。
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
父が亡くなった時点で持っていた財産に、生前にあげた財産を足し戻す。 名義を移したはずの実家は、ここで計算に戻ってきます。
では、その実家をいくらと数えるのか。民法1044条2項が、答えを別の条文へ飛ばしています。
第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
飛ばされた先の904条には、こうあります。
前条に規定する贈与の価額は、受贈者の行為によって、その目的である財産が滅失し、又はその価格の増減があったときであっても、相続開始の時においてなお原状のままであるものとみなしてこれを定める。
相続開始の時、つまり父が亡くなった日です。税金の側が「もらった日」で止めた値段を、民法の側はもう一度、亡くなった日の値段で数え直します。
割合のほうも条文にあります。民法1042条1項2号が二分の一と定め、同2項が「これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする」としています。相続人が姉と弟の2人だけなら、法定相続分は各2分の1。二分の一に2分の1を掛けて、弟の遺留分は4分の1です。回答にあった六分の一とは違います。
読者
父が亡くなるまで金額が決まらないということですか
そうです。名義を移した日に確定するのは税金のほうだけで、弟に渡す額は最後まで動きます
民法1044条3項は、相続人への贈与について「一年」を「十年」と読み替え、あわせて「婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る」と限定しています。実家の贈与がこの限定に当てはまるかは条文が個別に定めていないので、必ず10年分に入ると決めつけないでください
神戸の同じ土地は、10年でここまで割れました
亡くなった日の値段で数えるなら、その日までに土地がいくら動くかが効いてきます。国土交通省の地価公示には、同じ標準地の価格が2001年から2026年まで26年ぶん記録されています。神戸市9区の住宅地280地点のうち、2016年にも価格がある251地点で、10年の動きを数えました。

市全体の中央値は10年で+9.2%でした。ただし区でまったく違います。灘区は+42.2%、北区は+1.8%。灘区の灘北通8-3-18は㎡あたり235,000円から424,000円へ、10年で+80.4%になりました。
上がった地点ばかりではありません。251地点のうち69地点、27.5%は10年で下がっています。いちばん下げたのは長田区大日丘町1-12-20で、66,300円から45,600円へ−31.2%でした。
断っておくと、地価公示は更地としての価格で、個々の家の評価額ではありません。これは2016年から2026年に起きたことであって、これからの10年で同じだけ動くという意味でもありません。
弟に渡す現金は、灘区で488万円ふえます
これを金額に置き換えます。神戸市9区で売れた家付き住宅地1,651件の土地面積の中央値は130㎡でした。この広さで、弟の4分の1がいくらになるかを区ごとに出します。

灘区は736万円から1,224万円へ、488万円ふえました。中央区は328万円、東灘区は310万円ふえています。いっぽう北区は193万円から192万円へ、1万円減りました。10年前に実家をもらったという同じ条件でも、区で488万円と1万円に分かれます。
そして弟が請求してくるのは、家の持分ではありません。民法1046条1項は「遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」と定めています。渡すのは現金です。実家に住んでいて手元に1,224万円が無ければ、その家を売って作ることになります。
条文には逃げ道も置かれています。1047条5項は、裁判所が「相当の期限を許与することができる」としています。すぐ全額でなくてよい場合がある、という規定です。
この計算は土地の部分だけです。遺留分の計算には建物も入り、建物は年が経つほど下がります。相続人が子2人だけで実家以外に財産が無い、という条件でも計算しています。母がいれば割合が変わります
値上がりで得をした分だけ、こちらで損をします
ここまでを並べると、値段が動いたときに何が起きるかが見えます。
実家が値上がりした場合。税金の側は安かったころの値段で止まっているので、相続税は少なくて済みます。ところが弟の取り分は上がった値段で計算されるので、渡す現金はふえます。
実家が値下がりした場合。弟の取り分は下がった値段で計算されるので、渡す現金は減ります。ところが税金の側は高かったころの値段のままなので、相続税は多く出ます。

どちらに転んでも、片方が有利ならもう片方が不利になります。3番目の回答が「損をすることもあります」と書いたのは税金の側の話で、同じ値動きは弟の取り分の側では逆に働いていました。
読者
じゃあ、どっちに動いてほしいのか分からなくなりますね
それでいいと思います。値段は選べません。選べるのは、いくら動く場所なのかを先に知っておくことだけです
神戸のなかでも、灘区のように10年で4割動く区と、北区のようにほとんど動かない区があります。実家がどちらなのかで、この2つの値札の開き方が変わります。
10年たつと、消えるのは民法の側だけです
時間が経てば落ち着く、とも限りません。ここでも2つの制度は別々に動きます。
民法1044条3項は、相続人への贈与を「十年」と読み替えています。父が贈与から11年生きれば、その実家は遺留分の計算から外れる場合があります。
税金の側は違います。国税庁のNo.4152で加算する期間に限りがあるのは暦年課税のほうで、相続時精算課税を選んだ財産にはその期間の限定がありません。何年たっても、もらった日の値段で足し戻されます。
つまり、時間が味方になるのは民法の側だけです。相続時精算課税は一度選ぶと暦年課税に戻せないので、選び方によって、先に消えるのがどちらかが入れ替わります。
「生きているうちにすっきりしたい」という父の願いは、税務署との関係では名義を移した日に片がつきます。弟との関係では、その日には終わりません。
私はこう見ています
私は、この相談で本当に必要だったのは査定額ではなく、弟に「聞いておくこと」だったと考えています。
ベストアンサーも2番目の回答も、値段を調べろと言いました。値段は大事です。ただ、値段をいくら正確に調べても、それは亡くなった日まで確定しません。確定しないものを先に測るより、確定できるものを先に決めるほうが早いはずです。
確定できるのは、弟が請求するつもりがあるかどうかです。質問者の弟は地元に戻る気が無いと書かれていました。それでも、遺留分の請求権は気持ちとは別に残ります。気持ちが変わったときのために条文があるのであって、仲が良いから条文が効かなくなるわけではありません。
だから私は、生前に名義を移すこと自体より、移すときに弟へ何を伝え、何を書面にしたかのほうが効くと見ています。渡す現金の額は動きますが、話をした事実は動きません。
遺言や贈与契約の文面で結論が変わります。実際に書面を作るときは、登記事項証明書と財産の全体を見たうえで専門家に確認してください
よくある質問
弟の遺留分は六分の一ではないのですか?
相続人が子2人だけなら4分の1です。民法1042条1項2号が二分の一と定め、同2項でそこに各自の相続分(子2人なら各2分の1)を掛けます。母が健在で相続人が母と子2人なら、子の遺留分は各8分の1になります。いずれの場合も六分の一にはなりません。
実家をもらってから何年たてば、弟の請求は無くなりますか?
民法1044条3項は相続人への贈与について「一年」を「十年」と読み替えています。ただし同項は「生計の資本として受けた贈与の価額に限る」とも限定しており、実家の贈与がこれに当たるかは条文が個別に定めていません。また1044条1項の後段には、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは10年より前でも算入する、という定めがあります。
弟に渡すのは、実家の持分でもいいですか?
民法1046条1項は「遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる」と定めています。請求されるのは金銭です。ただし1047条5項で、裁判所が支払につき相当の期限を許与できるとされています。
相続時精算課税を使うと、相続税も安くなりますか?
安くなるとは限りません。国税庁No.4103は「相続財産と合算する相続時精算課税適用財産の価額は、原則として贈与時の価額」としています。値上がりした場合は安いころの値段で計算されて有利になり、値下がりした場合は高いころの値段のままで不利になります。一度選ぶと暦年課税には戻せません。
出典
- 民法(明治二十九年法律第八十九号)第904条・第1042条・第1043条・第1044条・第1046条・第1047条 — e-Gov法令検索(イーガブほうれいけんさく)で条文の全文を取得して確認
- 国税庁 タックスアンサー No.4103 相続時精算課税の選択
- 国税庁 タックスアンサー No.4152 相続税の計算
- 国税庁 タックスアンサー No.4132 相続人の範囲と法定相続分
- 国土交通省 地価公示(国土数値情報 L01-26_28)。神戸市9区の住宅地280地点のうち、2016年にも価格がある251地点を集計
- 国土交通省 不動産取引価格情報。神戸市9区の家付き住宅地1,651件から土地面積の中央値130㎡を算出
- 相談の原文 — Yahoo!不動産「教えて!住まいの先生」(2015年4月8日・回答5件・閲覧8,108)。引用はいずれも原文の一部です
2026年9月時点の法令と、2026年の地価公示で書いています


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