🗨️「中田ボタンさんが亡くなったと聞きました。いつのことですか」
2026年9月14日に大阪府内で亡くなり、19日に分かりました。78歳でした。葬儀・告別式はすでに家族葬として終えられています。2019年2月にステージ4の肺がんが見つかり、当時は「余命3カ月」と言われていました。そこから7年、治療を続けていました。
亡くなったのは9月14日、分かったのは19日
漫才コンビ「中田カウス・ボタン」の中田ボタンさんが、2026年9月14日に大阪府内で亡くなりました。78歳でした。19日になって、関係者への取材で分かったと各社が伝えています。
葬儀・告別式は、すでに家族葬として終えられたということです。本名は藤長明(ふじなが・あきら)さん。1948年4月12日生まれで、香川県小豆郡小豆島町の出身です。
報道は死因そのものには触れていません。分かっているのは、2019年から肺がんの治療を続けていたということです。
「余命3カ月」と言われてから7年
ステージ4の肺がんが見つかったのは2019年2月でした。当時は周囲に「余命3カ月」と話していたと伝えられています。そこから亡くなるまで、7年あります。
| 時期 | 公表されていたこと |
|---|---|
| 2019年2月 | ステージ4の肺がんが見つかる。当時「余命3カ月」 |
| 2019年3月 | 体調不良のため休養を発表。以後、舞台から姿を消す |
| 2023年2月20日 | 吉本興業とのマネジメント契約が終了。コンビは事実上の解散 |
| 2024年10月26日 | 天満天神繁昌亭の「桂小文枝芸歴55周年記念大作戦」にサプライズ出演 |
| 2024年11月 | 桂小文枝さんの公式YouTubeチャンネルで闘病を公表 |
| 2026年4月 | 同チャンネルへの出演が最後になる |
| 2026年9月14日 | 死去(78歳) |
闘病を自分の口から話したのは、見つかってから5年半あとでした。2024年11月に桂小文枝さんのYouTubeチャンネルへ出演し、医師から「ステージ4を超えてた」と言われたことを明かしています。動いている姿が表に出たのは、休養してから6年ぶりでした。
その1か月前には、大阪・天満天神繁昌亭の記念興行にサプライズで出ています。もう舞台には立たないと思われていた時期の出演でした。
貧乏をネタにしたしゃべくり漫才
中田カウスさんとコンビを組んだのは10代のときです。1971年に上方漫才大賞の新人賞、そのあと1991年、2001年、2005年に上方漫才大賞を受賞しました。
芸風は、貧乏なボタンさんをカウスさんがいじるしゃべくり漫才。借金や女性関係まで自分のネタにしていました。若いうちから売れたことで「元祖アイドル漫才師」とも呼ばれています。
弟子には、海原やすよ・ともこさんがいます。

コンビは2023年2月に事実上の解散
2019年3月に休養を発表してから、舞台に戻ることはありませんでした。2023年2月20日付で吉本興業とのマネジメント契約が終了し、コンビは事実上の解散となっています。ボタンさん側から契約の解除を申し入れたと伝えられています。
YouTubeチャンネルへの出演は2026年4月が最後でした。診断から7年、休養から6年半。最後の7年は、舞台ではなく治療の時間だったことになります。
公式出典
- デイリースポーツ「中田ボタンさん死去 表舞台から姿消し闘病7年 弟子に海原やすよ・ともこ」(2026年9月19日発表)
- スポニチアネックス「中田ボタンさんが死去 78歳 元祖“アイドル漫才師” ステージ4肺がんで「余命3カ月」から闘病7年」(2026年9月19日発表)
- 日刊スポーツ「中田ボタンさん死去 肺がん闘病も力尽く…23年事実上の引退」(2026年9月19日発表)
- オリコン「中田ボタン、6年ぶり“動画”出演 壮絶な肺がん闘病を初告白「ステージ4を超えてた」」(2024年11月の公表)(2024年11月21日発表)
更新履歴
- 2026年9月19日 初版を公開。
※本記事は2026年9月19日時点で公表されている情報にもとづきます。数値・制度・進路などは今後変わる可能性があるため、最新の内容は各公式発表をご確認ください。
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